読書メモ
・「反貧困 〜「すべり台社会」からの脱出」
(湯浅誠 :著、岩波新書 \740) : 2009.11.01
内容と感想:
反貧困ネットワークの事務局長をされている著者。
サブタイトルにあるように日本は、うっかり足を滑らせると、どん底の生活に転げ落ちるような社会になってしまったという。
就労しているにもかかわらず生活していけない人も増えて、「社会全体が地盤沈下」している。
格差社会と呼ばれて久しい。日本は先進国と言われるが、貧困とは無縁かというとそうではなくなっている。
「少年期・青年期の不幸・不運がその後の人生で修正されず、這い上がろうにもそれを支える社会の仕組みがない」、
「人々が貧困化する構造的な要因があるのではないか」という問題意識をもち、何が問題で、何ができるかを著者は考えてきた。
著者は1995年からホームレスの支援など、貧困問題の現場で活動してきた。
第1部では貧困の現場の(見えにくい)実態を描き、第2部で貧困問題に対応する著者らの活動について書いている。
「希望を持ちにくく、社会連帯を築きにくい状況」だが、「このままではまずい」と考える人々をつなぎ、
また多くの人に関心をもってもらいたいと著者は考えている。そして貧困を乗り越えられる「強い社会」を実現したい、という。
現在のセーフティネットが十分でなく、そのネットからこぼれ落ちたら、貧困へ落ち込むという恐ろしい現実と背中合わせであることを
我々も認識し、共に行動すれば、「強い社会」に近づけることができる
他人事と思っていると我が身に返ってくることを我々は理解する必要がある。
第3章にもあるように、貧困問題を放置すれば社会の活力は失われ、少子高齢化にも拍車がかかる。国力は低下し、社会不安が広がる。
現在、生活保護基準よりも低い生活費で暮らす人が膨大に存在しているという。
これは憲法25条違反の状態である。
国はこれを解消する義務があるが、それを怠っている。国の対応は他の先進諸国からは遅れているのが現状だ。
貧困に怯えながら生きていくのではなく、安心して生活してける社会にしていくよう、世論を喚起し、国を動かしていく必要がある。
また、劣悪な労働条件が問題になっている「日雇い派遣」の規制強化、雇用保険の適用なども訴えている。
○印象的な言葉
・3つのセーフティネット:雇用、社会保険、公的扶助。刑務所が第4のセーフティネットになってしまっている。
・非正規雇用の増加により雇用保険未加入や、国民健康保険料の滞納が増えている
・生活保護制度:生活費、住宅費、医療費、教育費の扶助
・2002年以降の好景気時にも生活保護世帯・人員は増加
・マイナスイメージのために生活保護を受けたくない
・保護申請をさせずに追い返す「水際作戦」が自治体窓口で行なわれている。違法である。
・年収200万円以下を貧困層とすると、その数は1,000万人を越える
・刑務所の収容容量不足。刑務所に入りたいと考える人がいる
・貧困に至る5重の排除:教育課程、企業福祉、家族福祉、公的福祉、自分自身からの排除
・自分の尊厳を守れず、自分を大切に思えないところまで追い込まれる
・貧困とは選択肢が奪われていき、自由な選択ができなくなる状態。基本的な潜在能力が奪われた状態。(能力を発揮する場がない)
・「溜め」:外界からの衝撃を吸収するクッションの役割。貯金や人間関係、自信などが「溜め」になる。エネルギーの源泉になる。頑張るためには「溜め」(ゆとり、余裕)がいる。
溜めを増やすための組織的、社会的、政治的ゆとりが失われている。
・ゆっくり眠れる環境と最低限の生活を確保することで「前向き」に変わることができる
・社会に対する信頼の失墜。閉塞感
・自己責任論の弊害:自助努力を求める世間の無言の圧力が、当事者を呪縛し、問題解決から遠ざける。自助努力の過剰により問題がこじれすぎていたという事態もある。
・派遣労働者賃金は経理上は人件費ではなく、資材調達費。人としてではなく、商品として取り扱われている
・日常的な生活レベルで権利擁護を行なう法律家への期待が高まっている
・貧困化は社会自身の弱体化の証し。人間が人間らしく再生産されていかない。そういう社会は持続可能性もない。
<感想>
・寺院や宗教者たちの役割
・貧困問題を「自己責任」で論ずる人もいるが、自己責任の国であるアメリカではどうなのか?
・アメリカでは貧困層の若者を軍隊に勧誘している。そういう隊員ばかりになったらクーデターを起こしかねない。
-目次-
第1部 貧困問題の現場から
ある夫婦の暮らし
すべり台社会・日本
貧困は自己責任なのか
第2部 「反貧困」の現場から
「すべり台社会」に歯止めを
つながり始めた「反貧困」
強い社会をめざして ―反貧困のネットワークを
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