読書メモ

・「クラウドの衝撃 ―IT史上最大の創造的破壊が始まった
(城田 真琴 :著、東洋経済新報社 \1,500) : 2009.09.05

内容と感想:
 
最近、経済紙面などでもよく見かけるようになった「クラウド・コンピューティング」。 クラウドの動向や将来性を一冊で把握できる本。
 クラウド・コンピューティングとは何かを第1章で、その仕組み・技術的な話を第2章で、第3章ではグーグルやアマゾンなど クラウド市場をリードする企業の動向を、また第4章ではMSやIBMなど古参の企業のクラウド戦略を、第5章はユーザ視点で見たクラウド、 第6章はクラウドがもたらすパラダイムシフトの影響の考察、最後の第7章では社会への提言を述べている。
 日本企業からの参入も始まっているが、先行するグーグルやアマゾンなどにどのように対抗していくのか興味があり、本書を手に取った。 今後も参入が続き競争が激化するのか、先行企業の独占が進むのか、棲み分けして多極化するのか。
 個人的には「ネット・ベンチャーや個人の開発者には理想的な時代の到来」というフレーズに非常に期待を持てた。 大規模な初期投資なしにシステムを利用できるのは魅力である。 「自社で高額な設備投資というリスクを負うことなし」に「稼動実績のある基盤」を利用して、「低価格のサービスを提供できる」ようになるからだ。 開発側は「アプリケーションの開発に専念でき、短期間でシステム構築が可能」というのもメリットだ。 携帯電話向けサービスなどでもクラウド側でほとんどの処理を済ませれば、ケータイのリソース消費を抑えたサービスを提供でき有効だろう。
 いいことづくしのようだが課題もあることに注意が必要だ。セキュリティやサービス品質保証については第5章で触れられている。
 最後の第7章にはクラウド利用の中小企業向けの公的サービスについての話題がある。 これこそ公共事業としてやれば、日本企業の産業活性化策・国際競争力強化策として良いのではと感じた。 産業構造の転換が必要な日本にとって、無駄な土木工事よりはよほど重要で、緊急度の高い政策だと思う。

○ポイント
・ネットワークが真にコンピュータになる(サンマイクロシステムズが昔から言ってきた)
・ユーティリティ・コンピューティング
・エラー忘却型コンピューティング:エラーをなかったことにして処理を継続。グーグルは並列データ処理言語「Sawzall」で実装。 アマゾンは「Dynamo」として実装(高可用性につながるなら一貫性を多少犠牲にする運用)。エラーの都度、処理を中止していては 膨大なユーザにサービスを提供できない。
・プライベート・クラウド:自社でクラウドを構築する。一定規模のユーザ数が見込める場合
・グリッド・コンピューティングの標準化団体OGF(Open Grid Forum)の標準化作業はなかなか進まなかった
・クラウド・コンピューティングには技術標準が存在しない。クラウドを実現する技術の1つがグリッド
・PaaS(Platform as a Service):アプリケーション実行基盤としてのプラットフォームをネットワークサービスとして提供。 その上でユーザ独自開発のアプリケーション利用してもらう。開発ツールやテスト環境も提供。サービス稼動後の運用管理も任せる。
・HaaS(hardware as a Service):サーバのハードウエアをネット経由で提供。利用できるOSやミドルウエア、開発言語などの自由度が高い。
・事前に必要なコンピュータリソースが予測困難な場合に有効。短期間に大量のリソースが必要になったり、季節ごとに負荷が大きく変動するもの。
・コンピュータシステムの歴史は集中と分散を繰り返してきた
・「規模の経済」が働きやすいビジネス。薄利多売のビジネス(利益率が限りなく1%に近い)
・クラウドを支える製品・サービスはユーザには見えない ⇒製品メーカーのブランドは訴えにくい
・分散処理プログラミング技術:MapReduce(グーグルが開発。高速検索エンジンを支えている)、そのオープンソース実装のHadoop
・グーグルはシステム管理、ネットワーク、負荷分散の技術を検索アルゴリズムよりも厳重に保護している。 同社のコスト優位性がそれらを自動化したことにある。
・セールスフォース・ドットコムのコア・コンピタンスはシステムの運用ノウハウ。独自言語「Apex」の利用が前提
・グーグルの検索要求に対する応答時間はコンマ5秒以下
・Google App Engine:第三者が開発したアプリであってもユーザを引き付けられればグーグルのビジネスに貢献。新たなコンテンツとなる。
・REST:REpresentational State Transfer)
・アマゾン社ジェフ・ペゾスの強い意志と揺るぎない信念
・セールスフォースのIdeaExchange:新機能アイデアの投稿、コメント、人気投票などの場。ユーザの声を反映させる仕組み
・Windows Azure:Windows開発者がこれまで慣れ親しんだ開発ツールやテストツールが利用できる
・OVF(Open Virtual Machine Forum):仮想マシンイメージの移植技術の標準化
・自分にとってコアでない業務であっても、それをコア業務としている人がいる
・短期間の研究開発プロジェクトなどでの利用にも便利。成果が出なかったときも素早く撤退でき、リスクも小さい
・無料やβ版のサービスはSLAが提示されているものは多くない
・99.9%の稼働率:1年間に9時間弱のサービス停止はありうる
・スケール、柔軟性、データ処理効率、オペレーション、消費電力などあらゆる面でコストと効率を極限にまで追求した究極のコンピューティング・モデル
・ユーザ企業にサーバを販売するビジネスは縮小していく
・グーグルはサーバもイーサネットスイッチも自社で設計・開発
・SI企業はIT基盤構築というコアビジネスが奪われる。運用・保守といううまみのあるビジネスも消滅する。 大手ならそのノウハウを活かし自前でクラウドを提供する戦略もある。中堅以下のSIerはPaaS上での業務アプリ開発、SaaSの導入支援・カスタマイズなども ビジネスにできる
・ネットブック:ローカルアプリケーション不要、周辺装置の利用などHWとしての拡張性は重視しない、という割り切り。ブラウザさえ使えれば済む。
・WebKit:オープンソースのHTMLレンダリング・エンジン(Apple)。優れた描画処理性能
・V8:Google独自開発のJavaScriptエンジン
・破壊的技術:主流から外れた少数の、新しい顧客に評価される。低価格、シンプル、小型、使い勝手がよい
・中小企業におけるIT活用の底上げ、経営力強化、ITインフラ整備・普及
・EUCALYPTUS:オープンソースのクラウド実装プロジェクト
・「買わずに利用する」コンピュータシステム

-目次-
第1章 姿を見せ始めた次世代コンピューティング・モデル
第2章 雲の中身はどうなっているのか
第3章 ネット企業がリードするクラウド・コンピューティング
第4章 ICT業界の巨人たちはネット企業に追いつけるか
第5章 クラウド・コンピューティング時代の企業IT戦略
第6章 クラウド・コンピューティングで何が変わるのか
第7章 クラウド・コンピューティング時代へ向けて超えるべきキャズム