読書メモ  

・文春文庫「マネー敗戦」(吉川元忠・著 \660、文芸春秋社)

内容:
一章 〜 マネー大国の興亡
19世紀半ば以降の世界の中心的債権国の交代(英国→米国→日本)を示している。二章以降は、日米のマネー関係が変質する節目が偶然にも5年ごとに訪れた事実より、5年刻みで日米のマネーをめぐる歴史を検証している。

二章(1980 - 1985)〜 日米共同幻想
レーガノミクス。ジャパンマネーが米国債に向かい、日本はにわか大債権国へ。この事実を歴史的に見ても問題があると言う。なぜならそれまで世界の中心的資本輸出国は同時に基軸通貨国であり、世界の政治・軍事的中心であったが、日本はそれらの条件を欠いていたから。

三章(1985 - 1990)〜  国際政策協調の病理
米国の経常収支赤字拡大、債務国への転落。プラザ合意(1985)、ルーブル合意(1987)。急激な円高ドル安で、ドルは対円で4割も切り下がる、これは米国国債の最大の債権国である日本にとれば元利払い収入の激減となった(為替差損、米国にとっては天から降ってきた徳政令)。ブラックマンデー(1987)。護送船団、日本のバブル、日本の長期の低金利政策。景気が良く強い円であるうちに日本の金融当局は円を基軸とする世界を構想すべきであった。

四章(1990 - 1995)〜 日米再逆転
BIS規制。バブルの原因は低金利政策を長期に継続した日銀、大蔵省、規律を欠いた不動産投資の暴騰を演出した金融機関である。国民の金融システムへの不審。バブル破裂の引き鉄は米証券仕掛け人説。ハイテク金融技術。新興工業国の登場。

五章(1995 - )〜 マネー敗戦 アジアへ
橋本デフレ、アジア通貨危機、投機的資金、APEC

六章 〜 鎖国の代償
円が主要通貨としての地位の確立の機会を政策当局の怠慢で逸した今、日本に残された道として一つのプランを提案している。円が自ら進んでユーロの傘に入ること。


感想:
  未だにして日本はバブル崩壊以降の景気低迷に泣いている。かたや米国は空前の好景気を謳歌している。さずがに最近は米株式市場バブルの声も高まっているが、それを支えているのはバブル以前からあいもかわらず今も続くジャパンマネーである。経済の世界であるから有利な条件を求めてマネーが動くのは仕方がない。が、バブル前後にそのマネーを取り仕切る政策当局の誤りが結果、国民生活を危機に追いやった罪は大きい。現在の日本の姿をあの太平洋戦争で敗戦の憂き目を見た姿に重ね合わせて、本書のネーミングになったのであろう。まさにバブル当時の蔵相や日銀総裁などはA級戦犯に等しい。実際、バブル崩壊により発生した損失は、第二次大戦の敗戦で日本国民が失った富の割合にも近い数字を示しているらしい。
  世界最大の債権国であった日本では、長引く不況の回復の名のもとに大量の公共事業を発注、その原資にするため大量の赤字国債を今なお積み上げている。いつのまにか米国を抜いて世界最大の債務国へ転落していたのだ(国債発行残高は99年末で359兆円)。このつけは結局、国民へ回ってることになる。残高消化は景気の回復次第で、いつ解消されるとも知れない。全く楽観はできない。
  筆者が協調するのは、先の大戦の敗戦以降続く、政治的にいびつな日米関係と経済の関係、今後の健全な日米関係のためにも「ドル離れ」「アメリカ離れ」が必要であると。

更新日: 00/03/12