小学校への英語科導入について


この「英語教育」のサイトにアクセスして下さる方からたくさんのメッセージ をいただき誠に感謝しております。私の勉強となっております。また、これらは 2年後の現場で実際に生かされることと思います。

さて、そんなメッセージの中から最近頂いたものに私も納得のものがありまし たので引用します。尚同じ内容のことを数人の方から頂いております。


"Sentence:Englishskill=とにかく 普通にコミニュケーションできる基本的な日常会話が できること。読み書き、文法は後からでいい。 英語を小さいときからやると 日本語がだめになるというのは間違い。 英語は 母国語とは別物の たとえば算数とかコンピュータ等と同じ 必要で不可欠な学科、ツールとして教わるべき"


9/22日(1996)に上智大学で行われた講演を引用します。台風でした!

講師:James Cummins氏

何分すべて英語で話されたので能力の低い私には50〜60%くらいしか理解 できませんでした。大半の方々はうなづくなりしてご理解されていたようでした が。理解した範囲で考察します。ご覧になっている方で間違いに気がつかれた方 はご連絡下さい。

「年少者に対する英語教育」

ということでまず 「生物学的言語習得」 のページでも述べた「臨界期」関係の話がでるだろうと予想していましたら、 やはりでました。
Penfield を引用しました。Penfield は脳外科医です。

Penfield は今日の大脳局所機能の研究成果を外国語の教授法に適用しようと する流れの第一人者として、1959年に大脳の言語野を発表した医者。現在も 古典的図式としてよく利用されるそうだ。彼は幼児期に外国語を習得する必要性 を説き、学校教育のカリキュラムに
「大脳時計」は合わせられないと主張し、「4歳〜10歳までのに外国語を教 える」カリキュラムを提唱しました。
これは Lenneberg の「2歳〜12歳」の臨界期に近い値ではあります。しか し、今日実は
良く調べてみると Lenneberg の仮説的理論もかなり批判されています。つま り、思春期を過ぎたとしても言語習得能力が十分のこされている実証がでてきて いるのです。
ここがポイントでもあるのですが、確かに

「自然発生的」に長期記憶としてINPUTを試みるなら早期学習は効果的で す!!

しかし、自然発生的でなくても外国語は母国語を習得した後からでも第二言語 として身につけることはどうやら可能なようです。現に植村先生も自ら数か国語 を思春期以降に身につけれれていますし。では、他にどんな要因があるのかと言 えば、「環境的要因」は基より(留学等して英語づけになり中期記憶にINPU T−中期記憶で有るから帰国して学習を怠っているとすっかり”日本人”に逆戻 り)、「性格」、「適性」もその要因です。
「生得論」と「経験論」の対立は 「生物学的言語習得」 のページでも述べたように今はその両方が言語習得に関わっていると考えられ ていますので、融合の方向と考えられます。
「適性」に関しては Carroll(1972) が以下の4項目にその定義的要素を置い ています。

1.phonetic memory / phonetic coding
2.grammatical sensibility
3.rote memory
4.inductive reasoning

よく見てみると何と現在行われている中学校英語教育とほぼ同じです!(1 がやや弱いのでしょうが)


James氏の話しに戻りますが、彼はカナダのフランス語の第二言語習得を 例にとって話されていました。幼少期より「コミュニケーション」を中心に習得 しているのだということです。しかも、そのコミュニケーションを図ろうとする 能力は幼少期学習がとても役立つのだそうです。
さらに、下図を見て下さい。私たちが母国語の他に第二言語を習得しようとす るとき、大脳の言語野に複雑にINPUTされるわけですが、その概念的考えで す。
母国語と第二言語が混沌として雑居している状態でのINPUT形と考えるよ りも

「母国語と第二言語は別々の言語野中枢に存在するか、Figure5のように
共通の潜在能力は有するものの別個に母国語と第二言語は生長をするか」

に考えを持った方が良いとのことです。
このことは「第二言語ないし外国語は発想や思考がその言語になっている」ことが大切であることを指し示してくれていると思います。

また、

言語に「共通」要素が潜在的に有るのだとしたら、それは幼少期に必ず植え付 けかつ
母国語、第二言語、外国語を問わず早期習得が望まれる

のだと思います。
(思いますと言っているのは James 氏がそう言っただろうと思うのであ って、勝手な私の考えではなく私の英語能力の問題です。)

その共通要素は定かではありませんが、「メッセージを受け、それに対して適 切な応答をしようとするコミュニケーションの能力」が一つだと思います。
ですから、少なくとも言語共通の要素として母国語、外国語を問わず「コミュ ニケーションを図ろうとする態度」は幼少期から行う必要があるのだと思います 。

このように考えると、冒頭でご訪問された方からのご意見はもっともで別に

「幼少から第二言語、ないし外国語を学習することになんら母国語への障害は 無い」

ということです。


最後に私なりの考えを述べます。

「コミュニケーション的な活動」はとても大切で児童の「国際理解観念」や「 心の教育」にもつながることなので是非英語をそのツールとしてやっていただき たい。
もし、仮に低学年や幼稚園位まで年齢を下げるのであれば「自然発生的」な「 習得」が期待できるので教育活動全体との兼ね合いで導入も可能。教育活動全体 とは父兄や地域住民や社会的状況も含む。

ただし、母国語環境もおろそかにしてほしくはない。
ただでさえ、言葉づかいがはっきりしない時代である。せめて小学校では母国 語で自己表現や自己実現できる段階まで指導してほしい。

中学校では「文法的な理論付け」や「国際情報・国際状勢収集の集団としての 英語」をメディアを活用したりして、生徒の「知的好奇心」を刺激しながら動機 づけや意欲付けを図る。

更に中学校2.3年生ではゲーム、歌といったものから少しづつ離れより現実 的な実用英語を教える(仮にインターネットが更に普及するならライティングの 力も相当必要)。それはアカデミックな内容で論理的な思考力を伴うものが良い 。


まとめ:

英語の指導には段階がある。

小学校への導入は中教審答申からもほぼ時間の問題でしょう。

ほぼ下記と同じ内容になっています。

小学校では「教科」としてではなく課外活動的に取り入れる方が良い。文法は やらない。ヒアリング、スピーキング
中心でコミュニケーション活動を”楽しく”やる。
文法や音韻学は全て中学校に任せる。
活動を中心とした英語学習でグループワーク、ペアワークをたくさんやる。ノ ートや教科書ではなく「対人関係」で学ぶ。指導案は常に児童の活動を中心にし たもの。言語材料は活動によって精選する。書けなくても言えれば良い。



間違っていることもあるでしょう。ご意見もあるでしょう。
メールでご連絡下さい。

続く........

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