4月28日・29日に行われた、受容・真実・和解委員会の「女性と紛争」全国公聴会 に基づく記事で、2度にわたりジャカルタ・ポスト紙に掲載されたものです。この公聴 会の背景と概要については、こちらをご覧下さい。
第一部(6月9日)
ベアトリス・グテレスは、我々に、自分の体験を話し始めた。
「1982年12月、アンドレと私が結婚してから、私たちはベオベからクララスに移 った。1983年8月8日、クララス虐殺が起きたとき、私は妊娠2カ月だった。夫は ABRI(インドネシア軍・現TNI)に疑われていたため、私たちは森に逃げた。け れども、襲撃された」。
「私は降伏したが、夫はビビレオ山に逃げた。毎日、私はブイカレンでABRIに尋問 された。私の子供は1984年2月に生まれた。息子が生まれて5日したとき、夫が降 伏した。夫は、私の家に1月いて、ABRIのTBO(作戦補佐)になった。任務報告 をした後、戻らなかった。恐らく、報告をするために呼びつけられた日に殺害されたの だと思う。私の子供も、15カ月で死んだ。病気で、薬がなかったために」。
子供が死んだあと間もなく、ベアトリスは、ラレレク・ムティン村をファリンティルの 攻撃から守るための夜間女性パトロール隊に、インドネシア軍によって無理矢理参加さ せられた。この隊員たちは、いつも嫌がらせを受け、恐らく、ベアトリスが、コパスス (インドネシア軍特殊部隊)の士官Eに目を付けられたのはこのときだと思われる。
Eと会ってから数日後に、ベアトリスはEの妻として暮らさされた。Eはまず、ある軍 パティーで自分と一晩中踊るよう、ベアトリスに要求した。その翌日、彼はベアトリス が米畑に行くのについていき、ひどく殴打した。ベアトリスは家に駈け戻ったが、そこ では家族とコミュニティの男たちが、兵士の求めに応じるよう説得した。「我々の首を つなぎ止めるために、魂を売ってくれた方がよい。誰も非難はしない」と。
ベアトリスは、こうして、この兵士の任務が終わるまで、1年間一緒に暮らした。ベア トリスは彼の子供を妊娠していたが、流産した。これが、ベアトリスの最初の強制結婚 だった。彼女は、さらに2回強制結婚をさせられた。
「1991年、もう一人のコパスス兵士プラダMがラレレク・ムティンに駐留していた。 私の友人と私が米畑にいたとき、彼は私たちに向けて撃ってきた。私の友人たちは私に プレッシャーをかけ、自分を救うために彼の妻になるよう求めた。恥ずかしかったため、 私は立ち上がって言った。『私は自分を半分に分けよう。下半分を彼にやろう。けれど も、上半分は私の祖国、東チモールの大地のものだ』、と。彼らは私に言った。『こわ がらなくて良い。走るな。こうした苦痛を受けるのは、夫が殺されたのに、あなたは今 も生きているからだ。・・・・・・私たちの人生も同様だ』」。
「それからプラダMは私と一緒に歩いて、私は彼の質問に、『ヤー』とだけ堪えていた。 私は自分の運命に身をゆだねた。私たちは夫と妻として暮らし、私は子供をもうけた」。
政治的理由による暴力はひどくねじ曲げられ、殴打や発砲は、インドネシア軍兵士がチ モール人女性に興味を示したものと受け取られた。こうしたねじ曲げの中、ベアトリス 自身のコミュニティは、ベアトリスを村のスケープゴートとして扱い、コミュニティに 対するより大きな暴力を避けるための性的な犠牲として彼女を厚かったのである。けれ ども、一旦「落ちる」と、彼女はさらに弱い立場に立たされた。強制結婚が繰り返され るだけでなく、コミュニティも、それは彼女の運命なのだと見なし始めた。
犠牲者を非難する傾向は新しいものではない。けれども、ラレレク・ムティンにおける インドネシア軍の政治暴力という文脈で、この傾向は、ベアトリスの夫の失踪を説明す るために使われ、また、強制結婚は彼女が生きていることに対する裁きと見なされるこ とを生み出した。人々は、ベアトリスが苦しんでいることは知っていた。けれども、彼 女の苦しみを、彼女の権利に対する侵害と見る代わりに、運命と見なした。それによっ て、彼女を守らないだけでなく、人権侵害を受け入れるよう説得した自分たちに対する 非難を逸らしていたのである。
現地の軍士官たちもこれに参加し、村長は彼女に、夫が欲しいなら、二人ではなく一人
だけを選べと非難した。ベアトリスは抗議する。「その二人が現れて喧嘩を始めたとき、
私は畑にいた・・・私は米を刈り取りたかっただけで、誰が私のボーイフレンドになる
か話したかったわけではない」、と。これに対し、村長は、「一人とだけデートしろ。
二人ではない!」と繰り返した。結局、彼女は諦め、他の人々は、それを彼女の運命だ
とした。彼女はこの2名の兵士のうちの一人と暮らし、その子供を産んだ。子供が数カ
月だったときに、ベアトリスをあたかも褒美であるかのように入手するために上官と闘
ったこの兵士は東チモールを去った」。
第二部(6月10日)
Karen Campbell-Nelson
受容・真実・和解委員会調査員
紛争における女性の経験は特別な中尉と考慮を要する。というのも、ベアトリスをはじ めとする女性たちの話が示すように、それが男性の経験と異なるからである。強姦や性 的拷問、強制結婚、性的拷問----インドネシア軍兵士たちによるだけでなく、フレテリ ンとUDTによるものも----は、男性とは違うかたちで女性が性的に傷つけられやすい ことを示している。
女性達が社会的に子供の面倒を見て健康を守り苦痛を癒すという役割を構築されており、 その社会的アイデンティティは、出産し子育てをするという生物学的役割から引き出さ れている。女性達が性的に侵害されると、苦しむのは体だけではなく、女性としてのア イデンティティも攻撃されることとなる。
これは、女性の苦しみの一部である。多くの女性が身体的トラウマに苦しみ続ける。出 産できないとかそのときの苦痛が激しいとか、性器が傷ついているとかである。けれど も、同時に、自己感覚も句ずつ蹴られる。自分自身も他人も、性的虐待により、自分の 名声と道徳が一生地に落ちたと感じている中で、どうやって自分を受け入れることがで きるだろうか?どうすれば、直るだろうか。
「和解(Reconcile)」はラテン語の「re-conciliare」から来ている。「再び友好的に なる」という意味である。実際、受容・真実・和解委員会のマンデートは、お互いに疎 外された人々の関係を修復し、敵同士が再び友人になれるようなプロセスを仲介するこ とにある。もう一つ思い起こすのは、「integrate」、全体を創るという言葉である。 「女性と紛争」公聴会を聞いて、3つのレベルで女性達は統合を求めていると思った。
第一に、東チモールの紛争で侵害を受けた女性達は、犠牲者であるとともに生存者でも ある。我々は、彼女たちを生存者として見るとき、その勇気や強さ、能力などを称える が、けれども、彼女たちを同時に、癒しを求める犠牲者としても見なくてはならないと いうことである。
自分たちが知っていることを話すことで、女性達は個人的な統合の歩みを踏み出すこと ができる。彼女たちは、自分たちが尊重され愛され、自分たちの疑問が答えられること を必要としている。ある参加者が、1999年に民兵司令官に強姦されたため自分の結 婚は破棄されることになるのかと心配を表明したとき、委員会の全国委員ジョビト神父 が、強姦は結婚を白紙化するものではないと述べたことは、彼女にとって癒しであった。
第二に、自分たちが知っていることを人々の前で話すことにより、女性達は、東チモー ルの真相究明と和解のプロセスに統合する。しかしながら、男性中心主義の中で、女性 に男性と同じ機会を提供するだけでは十分ではない。女性のための支援などが必要であ る。受容・真実・和解委員会の公聴会はテレビとラジオで放送された。これが、他の女 性たちを勇気づけ、自分たちの話を告げるようになることを期待する。それによって、 その経験が、そうでなければ男性支配下のプロセスに、一緒になるように。
一旦女性がプロセスに統合したら、和解の問題が生じる。理想を言えば、例えばベアト リスは、子供の父親から彼女と子供を養うために必要なものを受け取ってしかるべきで ある。けれども、それはないし、インドネシア軍が補償することもありそうにないため、 彼女の状況を配慮するのは東チモールの宗教・政治機関であることになる。けれども、 友人や家族はどうだろうか?彼女に、3度にわたり望まない強制結婚を押しつけた、コ ミュニティの男たちは?ベアトリスは今でもこのコミュニティで暮らし、自分自身と他 の人々とに対し、十分な平和を創っている。けれども、女性を真実と和解のプロセスに 統合するためには、コミュニティ自身に関する居心地の悪い真実を認める必要がある。
第三に、この度の公聴会は、政治的統合についても何かを示唆した。自分の話しを語っ たまた別の女性マリアの証言の最後に、ビクトリアが席を立って前に来て、印象的な告 白を行った。
彼女は、自分が、マリアを拷問したフレテリンの兵士たちに参加していたと語った。ビ クトリアは告白と許しを求めた。彼女はマリアに近づいて抱きつき、マリアもビクトリ アに抱きついた。女性達が東チモールの異なる場所から来て、自分たちの知っているこ とをお互いに語った時、女性達は、自分たちが被った侵害が、政治的動機によるものだ ったこと、男性に扇動されたこと、ほとんどの場合男性により犯されたことが明らかに なった。ビクトリアのように実行側にたった女性もいたが、東チモールの紛争の中で女 性が被った政治的・社会経済的・個人的解体は、あらゆる政治的立場の男性により動か されていたものであり、その点で、どの男も、紛争の商社ではない。
男性の話しに釣り合う女性の話しがなければ、東チモールにどんな政治的統合があろう とも、それは全面的なものにはなり得ない。真実は歪められたままで和解は、男性の友 情が女性の人権に対する侵害を許すような未来に貢献するだけであろう。東チモールに おける和解は、個人とコミュニティ、民族を全体とすることを求めなくてはならない。
長年にわたる分断の後で、これは容易なことではない。けれども、砕けたガラスがはき 捨てられるように人生とコミュニティがはき捨てられないよう、これは行われなくては ならない。公聴会でジェンダー暴力を語った女性達は、断片を集め始めた。
