アンバサダー絵日記1

かなり、なげやりな文章と怪しげな絵

このページは暇な時、書きくわえていこうと思います。

はじめに 日記といってもいくらインドのおとぼけ車でもそんな毎日事件(故障)があるわけでもないし、自慢ではないが自分も何月何日に何があったか(何処が壊れたか)べつに覚えたくもないし、覚えてもない(どちらかといえば忘れたい)。しかし何故か古い車や変わった車に乗っている人は『ユーノスより少し高い値段で形が好きだから25年前のMGB買ったのだが、首都高で車がいきなり火を吹いて止まり、JAF呼んだが直らずインターチェンジまで運んでくれるも、そこで見捨てられた。修理に出したら3カ月かかると言われちゃたよ。』とか涙なくては語れない、ぜんぜん笑えない事を、聞いてもないのに笑いながら話す傾向がある。

例えばこれがテレビだったらどうだろう、『ソニーより少し高い値段で形が好きだから25年前のフナイのテレビを買ったらいきなり火を吹いて、修理に出したら3カ月かかると言われちゃたよ。』笑いながら話したらかなり変である。

しかし私の友人にもPCで昨日は爆弾が何回でたとか、サドマックがでたとか、システムが壊れてインストールするのに5時間かかったとか、笑いながら話す人がいる。なんが嬉しいのだろうと思うが、似たようなものだ。

私の車の場合、また周りの人もそれ(何処が壊れたか)を期待している様で、『最近インドどう?』が私への挨拶になりつつある。ここではアンバサダーについて気がついたことや起こったことについて書こうと思う。

何故かインド車 ではそろそろ自分のアンバサダーについて書くことにするが、残念?ながら自分の車は六本木のアマンドの前の交差点の真中で止まってみたり、皇居の前で火をふいたり派手なことはまだしてない。4年ぐらい前だろうか大学生の頃、雑誌(Car EX)を見ていたらなんだか変わった車の特集をみつけた。それがアンバサダーだった。読んでみると、なんか昔イギリスで作ってた車をインドで生産をはじめて、いまだにインドで生産しているとのこと、メキシコやブラジルのVWのビートルは知っていたけどこれは初耳だった。そういえば日本でも日産のオースチンや日野のルノーやいすゞのヒルマンとかがあった。当時は国産に乗っていたのだが、次の車は此のあたりにいってみようと思いつつ、何年か時がたった。

出合い95’ 車をかう時期がきた、はじめはミニも考えていたのだが、実家で小さい車を買うということで既にミニを購入しており、もう少し大きな車を考えていた。いざ車を買う段階になって、バンブラ(イギリスのちょっと古い車)も興味があったのだが、とりあえずアンバサダーを見にいくことにした。ボディーのデザインは1940年代のデザインがベースだけあってかなりやぼったい印象をうけた。ドアのノブや三角窓はかなりいい感じ。シフトレバーは床から80cmぐらいのびていてバスの様である。

物凄く長いシフト

つい最近まで40年代のセンターメーターのデザインとほぼ同じ感じのダッシュボードであったが、中途半端に今風のデザインになってしまって、残念。(ちなみにセンターメーターとはハンドルが右でも左でもつけられるようにスピードメーターなどをダッシュボードの真ん中につけた計器類。世界的にマイナーな右ハンドルのイギリス車ならではだね。)ボディーカラーは白、アイボリー、黒、赤茶色の4色。アイボリーが人気だそうだ。まあなんか、気入ったので買うことにした。

納車待ち 購入を決めてからなかなか連絡がない。もちろんインドでは暖房が必要ないので日本で取り付けたり、インドではドアミラーやフェンダーを付けていないようなのでこれを付けたり、他日本仕様?への改造が必要なわけだが『一度インド洋に落ちて引き上げているじゃない?』とかまわりの友人にひやかされながら3カ月が過ぎた。

納車 3カ月がすぎやっと届いたとのこと。塗装は赤茶色。これも他の車ではあまり見ない色でこの車に似合っていると思う。塗装の感じはアサヒペンをはけでべたべた塗った様な感じで、厚っぼったく表面が妙なテカリ感とsmoothなゆらめきをと伴なっている。例えるなら出前のうな重の重箱の漆塗の様な感じ。よく見るとバンパーのメッキが少し錆びてたりする。やはり一度インド洋に落ちたのか?

水没のうわさ

トランクにひとすじの光 暗い闇の中での光は良いものである。新宿の高層ビルからの夜景はロマンチックであり、日光の戦場ヶ原で見た星空や千倉で見た蛍の光ははかなくも奇麗だった。また遭難した洞窟で見る出口の光は人に希望を与え、十分睡眠をとった目覚め朝の光は心地よいだろう。ここではわたしの見た光について述べる。

納車翌日トランクを開けた。車高が高いため容積は大きく、リアのナンバープレートが付いている部分から大きく開くため荷物は載せやすい。鍵はドアノブと同じ物を使う。トランクの右側には今履いている物と同じサイズのタイヤがネジで留めてある。トランクの中からふと左の方を見ると光が見える。どうやらこれは暗黒の中の希望の光でも、恋人たちが愛を語らう摩天楼からの夜景とは少し違うようである。左のドアの後ろ側を見ると鉄板の継ぎ目にすき間があり穴が開いている。人は暗闇で光を見ると心が落ち着く様だが、少なくとも私は安堵感よりは絶望感を得た。私は新車の車に穴を開けておくという、ヒンダスタン社の人間の本能を利用したサービスを無にしてクレームにて穴を塞いでもらった。

穴バサダーインド人驚くの図

ビーチタイム〜チューブノハナシ  日本は自動車メーカー王国であるとともにタイヤメーカー王国である。ブリジストンをはじめ住友、ヨコハマ、トーヨー、オーツと世界有数のメーカーが存在している。インドにもタイヤメーカーがあるようでアンバサダーにはインド製のタイヤがついていた。私は今まであまりタイヤに気に止めてなかった。私のタイヤについて思うことは『なんか黒くてゴムでできて、パンクはしてない』ぐらいであった。 それまで乗っていた日本車の走行、ブレーキやイタリアや日本のタイヤの性能は私を満足させるのに十分だった。

私はインド製のタイヤを日本の最も有名なメーカーのタイヤに換えた。両者の差は歴然であり、私の車は走行安定性と多少のブレーキ性能の向上を得た。改めてタイヤの重要性と日本製品の優秀性を実感した。

インド製のタイヤはチューブが入っている。自転車のタイヤに入っているあの薄いゴムの風船みたいなあれだ。70年代までトラック用のそれは 90年代の海水浴場のシャチの同様にうきわとして子供たちに人気の的だったそうだ。インドの子供たちは今もタイヤのチューブのうきわで海水浴を楽しんでいるのだろうか。

チューブ ト ラッコ

アンバサダー絵日記2 へ

ヒンダスタン アンバサダーのメインヘ

ホームヘ