小人閑居して不善をなす

あの人に、勝ちたい

じじいの小言は好きじゃないんだが、
今、面白いマンガとかアニメが少ないなあ。
そりゃあ、あることはあるんだけど、
絶対数に対して、面白いものの比率はとても少ない。
ま、俺がそろそろマンガ、アニメ卒業ってことなんだろうが。
だいたい、リメイクものの一部しか関心がないもの。
その他にも見てはいるけど、ごくわずか。
やっぱり今は、石ノ森ブームなのか!?

今年は、キカイダー生誕30周年だという。
それはもちろんだが、ここのところの石ノ森ブームは俺的にすごい。
仮面ライダーは大人気だし、「サイボーグ009」もファンにとってはなかなか良い。
なんてったって、「人造人間キカイダー THE ANIMATION」が凄いし、
「キカイダー01 THE ANIMATION」がこれまた凄い。
「A.I.」見て、
感動して涙を流した人はどうでもいいが!!
ちょっと「?」とか、ツッコミどころを見つけた人は、
原作キカイダー読んでみてくれ。アニメ版を見るのも良い。
マンガとかアニメだから、「ダサイ」とか「オタクっぽい」と思うなら、強制はしない。
もったいない話だなあ。とは思うけれども。
もしかしたら、キューブリックはそのつもりでいたかもしれないし、
スピルバーグだって、そういう映画にしたかったかもしれないが、
「A.I.」を見て、なんか物足りないっていうか、底が浅いと思った人は、
「キカイダー」に、その足りない部分があるんだよ。
だいたい、「A.I.」の原作である「スーパートイズ」も最近読んだが、
あの原作に、「ピノキオ」テイスト突っ込もうとしたのは、
キューブリックだったのだ。
かのキューブリック監督といえば、「2001年宇宙の旅」制作時に、
手塚治虫にSF設定やら美術設定を依頼して断られたこともある。
(虫プロ創立初期で、そんなヒマなかったらしい)
そもそも、とにかくいろいろな小説読んで映画にしたくなると、作者に脚本書かせるとか、
(アーサー・C・クラークもそうだ)
とにかく、映画以外のジャンルの人を巻き込むタイプの人だったわけだが、
石ノ森章太郎の作品を見ていても不思議はないと思う。
キューブリック版キカイダーやりたかったのかなあ。
これはまあ、単なる希望的邪推なので、これでおしまい。
話は戻るが、俺が思うに「A.I.」が底の浅い映画になった理由は、
前に書いたけど、キリスト教的世界における表現の限界。
そのほかに、やっぱ「エンターテイメント」なんだろうと思う。
やっぱ、「キカイダー」やっちまったら、見終わった後気持ちが重すぎる。
それはわかる。
じゃあ、すばり「キカイダー」がエンターテイメントじゃないのか っていうと、
そんなことはない。
ヒーロー物、アクション物としても、その時代における完成度の高いものだと思う。
それを、現代でもきちんと見られるように練り直したアニメ版は、やはり見応えがある。
表現上、ちょっと「ブレードランナー」思い出すシーンがあるんだが、
これは仕方ないとしよう(笑)
「ブレードランナー」のあのシーンは、映像の美しさといい、せつなさといい、
もう最高の名シーンだもの。
(もちろん、「キカイダー」系なので、気持ちは重くなるよ)
できれば、なるべく「キカイダー」見てほしいので、あんまりくわしく書いてない。
AIBOがこの先どうなるか、とか、そんなの知らないけど。
「A.I.」のようなロボットも、キカイダーも、俺は欲しくない。
余談だけど、「チョビッツ」も、原作はそれ系テイストたっぷりだね。

で、話題は石ノ森作品全般に移る。
なんどなく、発売されている「サイボーグ009」だが、
メディアファクトリーから刊行中のものは、
ちょうど最新刊で「神々との戦い編」をやってる。
「サイボーグ009」が終わっていないとする根拠はこれだ。
終わっていない。とは思う。
けど、終わらせようがない。とも思う。
これについては、石ノ森先生が病床で小説として完結させたらしいのだが、
これは本当なのか?
しかも、TV版「サイボーグ009」は、それに挑戦するとか!?
マジ?
「2001年宇宙の旅」もそうだけど、
あえて「終わっていない」ような、 そういう「終わらせ方」もあると思う。
いろいろな解釈の余地を残しておくっていうか、そんな感じ。
それらしい理屈をもって、オチをつけると、面白さも半減しないかなあ、と。
まあ、余計な心配。
いずれにしても、石ノ森章太郎の懐の深さはとんでもない。
ヒーロー作品のすべてが彼の功績とは言わないが、
彼の原作作品と、 同時代のヒーロー作品もふくめてしまうと、
すべて出尽くした感があるのは否めない。
今のものも、面白いものはある。
あるけど、新しさがない。発見がない。
「影の魔人だカゲスター」とか「イナズマン」なんてのは、
今では、口に出せないほど、幼稚なアイデアになってしまったのだろうか。
アレの面白いところは、馬鹿馬鹿しさを超えた新鮮なヒーロー像だったと思う。
スーパーロボット物もしかり。
リアリティーってのは、現代ではかなり重要な要素なんだけど、
難しいね。SFというか、柔軟な発想ゆえのいい加減さというか、
うまい「嘘」の付き方が。
そういう部分が凄い。すごすぎる。とてもじゃないがかなわない。
でも、昔の作品の練り直しとか、焼き直しでは、いい加減閉塞してる。
息苦しい。
本人、自分のオリジナル作品と称するもののことごとくが、
パロディー満載なので、言えた義理ではない。
今は幼稚な模倣しかできない。と言い訳できる歳でもない。
偉大なる先人を乗りこえていくことこそ、今の俺たちの使命なのだ。
だから、勝たねばなるまい。
たとえそれが、
神のような存在であったとしても、だ。

余談:
結局のところ「神々との戦い」を、「自分を生み出した者との戦い」という図式にしてしまうと、
なんか「親父との対決」とか、「親離れ」の話になるような気がする。
でもねえ、それも当たり前すぎるっていうか・・・。

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