井上保著 「日曜娯楽版」時代 晶文社 1992

 
 「日曜娯楽版」はNHK史上最高の番組だ、という人がいる。昭和二〇年代に痛快な風刺で人気を集め、「聴取率百%」とまで言われた傑作ラジオ番組である。
 番組の開始は昭和二十二年、合衆国の指示による民主化促進番組が花盛りの時期である。中でもいちばん人気の高かったのは、「もしもし/あのね」で始まる「冗談音楽」のコーナーだった。
 三木鶏郎はじめ才能あふれるスタッフたちは、占領軍当局の庇護のもと、庶民の視点に立った痛快なコントを次々に送り出した。始めは貧しい庶民の生活を扱ったものが多かったが、次第に政治批判の性格を強めていく。
 彼らのコントは庶民の健全な正義感を代弁しており、「冗談音楽だけに、言論の自由が感じられる」とまで評された。後に番組は聴取者からの投書を取り上げるようになり、文字通り庶民の表現の場として成長していく。
 しかしこうした番組を政府が快く思うはずはない。講和条約が発効し、NHKが編集権を手にいれてからは、政府関係者からの圧力が強まっていく。昭和二十九年の造船疑獄を機に圧力は頂点に達し、多くの抗議の中、番組はついに廃止された。
 著者は当時放送された代表的なコントの数々を、その時代の世相や事件と重ね合わせながらたどっていく。記述はしばしば戦後事件史概説めいてくるが、読者にコントを理解させるためにはやむを得ないところだろう。番組が廃止に至る過程を扱った最終章は臨場感があり、良質の社会派ドラマを見る思いがする。
 表現の自由は憲法で保障されているわけだが、それが真に庶民のものであることは難しい。そこに放送の役割もあるはずなのだが、皮肉なことに戦後日本は占領下においてのみこうした自由を得たのである。戦後の放送文化を考える上でも貴重な記録である。

(1992.10配信)

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