「鉄人」なる称号を持つ料理人が、挑戦者相手に派手な戦いを繰り広げるという、変わった趣向の料理番組(?)が評判である。
食べたわけじゃないので断言はできないが、どう見ても挑戦者の料理の方が美味しそうなのに、「鉄人」の勝ちになる、といったことが多いような気がする。私の好みの問題かもしれないが、そんなこともあって最近は見なくなってしまった。しかし「鉄人」たちは今や大スター、そればかりか審査員たちもすっかり有名人である。
審査員の一人が平野雅章である。陶芸家にして希代の美食家と言われた北大路魯山人の弟子。その新著が「江戸美味い物帖」(廣済堂出版・一七〇〇円)である。
名が売れたのに便乗して作られたような本ではない。江戸のさまざまな食べ物や食習慣について、ここ十数年間書きためてきた文章をまとめたもので、料理研究家としての氏の力量が存分に発揮されている。それでいて一般の読者の食欲を誘う楽しい読み物にもなっている。
二ページほどの短い文章が約一三〇という構成だから、どこでも気軽に読める。しかも題材は、今日でもよく見かける庶民の食べ物や酒の肴が中心だから、酒席でうんちくを披露したい向きにもおすすめである。
西原理恵子・神足裕司著「やっぱり行きたい恨ミシュラン」(朝日新聞社・一〇〇〇円)は、人気シリーズの完結編。漫画家とコラムニストの二人が、有名な料理店の数々をなで切りにしていくという趣向だが、笑いとともに健全な批判精神を保っているところがいい。私の敬愛する漫画家、サイバラもますます快調である。
実はこの本では、「鉄人」のうち二人が経営する和食とフランス料理の店、それに魯山人が創業した料亭が取り上げられ、いずれも低い評価を与えられている。神足の記述は具体的かつ詳細。おそらくこの評価に、誤りはあるまい。「鉄人」敗れたり、である。
(1995.9月配信)