強靱な文化の伝統 沼野充義「モスクワ−ペテルブルグ縦横記」他

 
 七〇年にわたる社会主義体制と冷戦が生み出した嫌悪感、他方ではその風土と文化が呼び起こすあこがれと親しみ。日本人にとってロシアは、両義的な国である。しかし社会主義が崩壊した後のロシアからは、政治と経済の混乱ぶりが伝わってくるばかりだ。人々を魅了してきた芸術・文化の行方を気にかけている人は少なくないだろう。
 沼野充義著「モスクワ−ペテルブルグ縦横記」(岩波書店・二二〇〇円)は、混乱の続くロシア社会を背景に、現代ロシアの大衆文化と芸術、特に文学と映画の現況を描いている。
 社会主義体制の終焉によって、人々は表現の自由を獲得した。これまで体制から迫害されてきた作家や映画監督たちが表舞台に登場した。厳しい制約の下で活動してきた芸術家たちの才能は、一気に花開くはずだった。
 ところが現実には、困難が多いようである。経済の混乱と同時に出版物の流通も混乱し、読者数は激減している。国内で映画を制作することは経済的に難しくなり、才能ある監督たちは国外で仕事をするようになった。
 それでも意欲的に活動を続ける芸術家たちを見ていて感ずるのは、かつては体制、今は経済混乱という困難の下でも失われない、強靱な文化の伝統である。これがある限り、ロシアは魅力的な国であり続けるのかもしれない。
 金平茂紀著「ロシアより愛をこめて」(筑摩書房・一八八〇円)は、テレビ局の特派員としてモスクワに滞在した三年間の記録である。
 非効率な銀行、不正のはびこる警察、度重なる盗難などに怒りながら、著者は保守派クーデターや最高会議ビルでの戦闘といった激動の場面に立ち続ける。そして、せっかくの映像を生かしてくれない日本側の番組スタッフや、堕落したテレビ業界人への怒りを書き殴りながら、映像を送り続ける。動乱に身を置く取材現場の熱気とともに、映像メディアのあり方への鋭い問いかけが伝わってくる。

(1995.4月配信)

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