今はすっかり文系人間でも、子どもの頃には昆虫を追いかけたり草花や木の実を集めたりして、科学に興味を持った経験のある人は多いだろう。実は私もその一人。小さい頃は生物学者になりたいと思っていて、大学もはじめは理科系のコースに入ったりした。
生物学というのは比較的、文系人間にもとっつきやすい学問である。難しい数式や化学式はあまり出てこない。身近な題材も多く、親しみやすい。そのせいか、新書には生物学関係の本がかなり多い。今回はその新刊から二冊を紹介しよう。
柳澤桂子著「いのちとリズム」(中央公論社・六八〇円)は、遺伝子の仕組みから生物の発生、そして生物の行動や進化に至るまでのさまざまな生命現象にみられる繰り返しの構造、すなわち「リズム」について解説したものである。
生物は夜と昼、潮の満ち引き、四季の繰り返しなどのリズムに従って行動を変えている。心臓は一定のリズムで脈打ち、細胞は周期的に分裂を繰り返す。こうしたさまざまなリズムはどのようにして生じ、どのように役立っているのか。著者はていねいに解説していく。
広い範囲の生命現象を取り上げ、これらすべてを「リズム」という観点から論じて見せるところに、著者の新しい生命哲学のようなものを感じさせる。ただし、高校程度の生物の知識がないと読みこなせない部分もあるのでご注意。
生命現象の中でも最も神秘的なものの一つは、一見単純そうに見える卵から複雑な生物が生まれてくる発生の仕組みだろう。岡田節人著「からだの設計図」(岩波書店・六二〇円)は、九〇年代をも含む最新の発生生物学の成果を、予備知識なしで分かるように解説したもの。
「勾配」「将棋倒し」「親和力」といった直感的な表現を用いながら最先端の研究を専門用語を使わずに解説し、各所には生物学という学問への考察も散りばめられている。碩学にして初めて可能な労作といえる。
(1994.11月配信)