「だが、いまのところ、一の悪のために十の善がほろびることは見逃せぬ。」
「人間という生き物は、悪いことをしながら善いこともするし、人に嫌われることをしながら、いつもいつも人に好かれたいと思っている……」
(やはりなあ……習慣は性格になるというが……あの女房、我が手のゆびがうごくのを、わが理性で制し切れなくなってしまったらしい)
「われら火付盗賊改方は、無宿無頼の輩を相手に、面倒な手つづきなしで刑事にはたらく荒荒しき御役目。いわば軍政の名残をとどめおるが特徴でござる。」
「ともあれ、この役目は佐嶋にしてもらわねばなるまい。佐嶋も厭な役だが……」
(こうなっては……もう、いけねえわさ。このあたりが、わしも足の洗いどきだ)
「わしが……わしの、この手にかけて殺した人びとが夜な夜な、あらわれて、わしを、責めさいなむのだ。」
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