Kumiko Report 6/Mar/2017
「おいで一緒にinくにたち」飯田利道さんを迎えて

3月5日、この日は、<3.11を忘れない>のテーマで石巻から飯田利道さんに出演して頂きました。

飯田さんは、震災で家を壊され、母親を亡くされ、その悲しみの中、3ヵ月後からギターを手に歌声喫茶を再開され、歌で多くの方を励ましてこられました。


石巻から車で7時間かけて前日立川に
泊まられた飯田さん。

お母さんの七回忌があるため、
今回は、一部に出演していただきま
した。


飯田さんは、「石巻フォークキャラバン」のメンバーで、私は、「石巻フォークキャラバン」のメンバーの矢口廣志さんとは、私が歌い始めた頃から知っていた。2011年の大震災の時、思い出したのは「石巻フォークキャラバン」だった。

震災直後、無事だったメンバーに早速ギターなどの支援を申し出たが、多くの仲間たちからすでに支援を頂いて、これ以上頂いたらバチがあたるので他の方に、というご返事をいただいた。

2012年に「キャラバン」の飯田さんに来ていただいてコンサートをしたいと思ったが、お母さんの一周忌ということでダメになり、今回やっと実現したのだ。

住宅街だった飯田さんの家のまわりの更地率は
震災6年目を迎える今も、51.8%だと話されな
がら歌って下さった。

「石巻に乾杯」という歌では、客席の皆さんが「乾杯」と
歌う。

故郷を誇りに思う気持ちが客席に広がってゆく。

「北上川の春」
「ウォーク&シング」
「日向日陰村」
「夏の朝に」
と歌われた。

飾らない人柄に皆さん引き込まれ、
一緒に歌ったり
楽しい時間を過ごすことができた。

被災された方から新聞やテレビでは伝わらない
その体験を、直接、それも、歌に託されて届けて
いただきました。

参加された方があとで、飯田さんの歌う詩がとてもよくて、
心に響いてくるという感想を述べていました。

お持ちになったCD&楽譜集も瞬く間に売り切れでした。

飯田さんは、とても私より年上と思えない若さで、
「やはり音楽をしている方は若いよね」と言ったの
ですが、社交ダンスをされているそうで、
だから姿勢もよくオシャレなんですね!納得!




最後にアンコールでもう一度「ウォーク&シング」を歌って一部を終わり、「お母さんの7回忌もあり、石巻まで遠いのでこれで帰っていただきます」と皆さんの拍手でお送りしました。



飯田さんは川柳作家でもある。彼の川柳をご紹介します。

天災へ原発人災のしかかる
ヒロシマナガサキフクシマの核悲劇
東電マスコミそれに学者の嘘っぱち
津波より納得できない核汚染
隣県も相見互いの核汚染
線量計持っても子どもたち元気
除染した汚水どこまで行くのやら
フクシマの涙で国会洗いたい

さて、二部は2月12日の沖縄大学で行われた「辺野古・高江・伊江島に連帯する平和コンサート」の報告というスタイルにした。

12日のコンサートに歌った曲やコンサート
の様子などを皆さんに聴いていただいた。

闘いのあるところ替え歌あり、と
「おいで一緒に」を1曲目に歌った。

♪私の国には辺野古がある 
 おいで一緒に私たちと
♪私の国には高江がある
 おいで一緒に私たちと


バウロンを使って「辺野古の海」
沖縄でコンサートがあったら絶対この歌を歌いたいと思った「ガソリンまみれのオートバイ」
基地と共に原発もなくしたいと国会前行動に参加していると「原発いらない」
沖縄でもリクエストがあると言われ「私の愛した街」
プログラムの最後は、みんなで「歌って愛して」

そして、闘いのあるところ替え歌あり、と「心さわぐ青春の歌」の替え歌「心さわぐヤンバルの森」。
「美しき5月のパリ」の替え歌「沖縄今こそ立ち上がろう」を皆さんと大きな声で歌った。会場は、沖縄に連帯しているという気持ちがみなぎっていた。気持ちよかった!



一部で飯田さんのいい歌を聞いて、二部であの沖縄の感動的なコンサートを再現できてとても気持ちよく帰宅した。夕食をしていたら、飯田さんからお電話。今どこですか?と聞いたら宇都宮と言われた。やはりこのまま夜、車を走らせるのは危ないと思って今夜は宇都宮に泊まりますと。

「inくにたち」のコンサートのために、結局、飯田さんは、2泊3日かけられたのです。恐縮してしますね。本当に本当に、遠いところからおいで下さって、心に浸みる歌を届けて下さってありがとうございました。

2017年3月6日
横井久美子