観劇日記


いのち燃ゆるとき −開化のおんなたち−  2001年10月 東京・明治座

  原作・平山壽三郎(「東京城残影」より) 
  脚本・堀越康明  演出・金子良次  音楽・池辺晋一郎  作詩・古賀宏一
  キャスト  川越屋茂平/高橋英樹  お篠/杜けあき 綾/三原じゅん子 お絹/遠野凪子 清助/中村繁之
         郷田/川辺久造 幸吉/菅生隆之 向井信一郎/青山良彦 米八/三浦布美子 志津/大塚道子
         大鳥圭介/江原真二郎  川越屋茂左衛門/鈴木瑞穂藤         

 あらすじ
1幕

江戸から東京へと呼び名の変わった明治の始め、新政府の役人が我が物顔の柳橋界隈で役人に絡まれる売れっ子芸者・米八を助けたのは米八のなじみの川越屋茂平だった。茂平は元旗本の次男だが、真っ直ぐな気性を見込まれて材木商・川越屋の養子となっていた。

その夜、茂平は川に身投げした若い女を助ける。川越屋の寮に連れ帰った女の名はお篠、維新で身寄りをなくした旗本の娘で今は料理屋「初音」の仲居をして許婚・向井信一郎の母と暮らしていた。2年も音信のない信一郎の消息を求めて頼った刑部省の郷田に信一郎の戦死を告げられた上に無理やり自分のものにされそうになり、生きる希望をなくしていた。助けられたものの魂の抜けたようなお篠に茂平は武士を捨て商人に生まれ変わった自分のようにお篠も生まれ変わったのだと励ます。篠は家族や許婚を捨てて戦に出たままの信一郎も茂平も簡単に全てを捨ててしまえるのか…と嘆く。が星を愛でる茂平の言葉に初めて篠は人らしい温かさを感じるのだった。

茂平は困窮する大名屋敷から道具類を引き取っては金を用立てていた。そんな茂平を親類筋は快く思っていなかったが、川越屋の主人・茂左衛門は温かい心を失わない茂平の味方だった。折しも茂平が生き倒れの若い男・清助を連れ帰り店に置く。そして米八の横浜で日本の古道具が人気だという話に新しい商売を考えつく。
米八とはかつては茂平の嫁にという仲だったが今は良い相談相手だった。茂平は米八にお篠を助けたいきさつを話し、お篠にひかれはじめている事をうち明ける。

「初音」の女将はお篠と郷田の取り持ちをしてしつこくお篠の行方を探っていた。だが信一郎の母・志津は帰らぬお篠の位牌を守って長屋で一人暮らしていた。そこへ信一郎が生還する。信一郎は函館での一年の牢獄暮らしからようやく開放されたのだった。そして自分の留守の間のお篠の苦労と不幸を知り時の移り変わりを実感する。

助けられて1月が過ぎ元気を取り戻したお篠は川越屋の寮でおだやかに暮らしていた。いつまでも茂平に甘えて暮らすわけにはいかないと言うお篠を寮の人々は温かく見守っている。そんな日々、外国の物をあつかう新しい商売を横浜で始めた茂平はお篠にも仕事の話を楽しそうに語る。それはお篠にも心弾む時間だった。茂平はお篠には仕事の事だけではなく自分の事をもっと話したい、お篠に嫁になって欲しいと思いを告げる。茂平の元で安らぎを得、心から信頼するようになったお篠は茂平と二人生きる決心をする。
結ばれた幸せの中、お篠ははっきりと向井家との決別の時を迎えたと実感する。しかし茂平はお篠の口から出た許婚・向井信一郎の名に愕然とする。信一郎は茂平の親友だった。

 2幕
深川明神の祭に出掛けた信一郎と志津は傲慢な人力の女と諍いになる。女がお篠を追いつめた郷田の妻だとわかり、信一郎の郷田への怒りは益々激しくなる。

茂平の新しい店「開化屋」の使用人達をねぎらって茂平は男達を吉原へ遊びにやる。新参の清助も同行するが気が進まない様子。清助には気にかかる女がいたのだ。そんな清助の相手にきたのがお絹だった。お絹こそ清助が探し求めていた女、元の奉公先のお嬢様だった。

茂平は開化屋開店の忙しさを理由に2月も寮のお篠を訪ねていなかった。茂平は信一郎のことをお篠に話せないまま信一郎の消息を求めていた。親友の許婚を奪ってしまったようで葛藤を感じていた。信一郎の生死を確かめた上で、心おきなくお篠と夫婦になりたい茂平だった。茂平の頼みでお篠を訪ねた米八は茂平を信じながらも不安そうなお篠を早く安心させろ諭すのだった。
新しい商売が当たり繁盛する開化屋にある日お篠が茂平を訪ねる。米八の言葉に安堵したものの茂平と心を共にしたいお篠だった。そしてもし自分が茂平を苦しめているのならと、秘かに別れの覚悟もしていた。そんなお篠に茂平はただ人の心を大切にしたいだけなのだと語る。

お絹と再会した清助は身請けのための大金を持って吉原にやってくる。清助にまともに工面できるわけはなく、店の金に手をつけたのだ。お絹を身請けし、自分は死ぬつもりの清助にお絹は身分こそ違え兄妹のように育った昔を想い、清助の用意した振り袖に身を包んで清助と共に死ぬ決心をする。

柳橋の路上で郷田が刺客に襲われる。刺客は車夫となった信一郎、そして偶然止めに入ったのは茂平だった。お篠を失った苦衷の中にある信一郎の姿に親友との無事の再会を喜びながら茂平の心は複雑だった。そして清助とお絹の心中の知らせが入る。時代の波に理不尽に飲み込まれていく人々、茂平の嘆きは深い。

 3幕
ある日郷田の妻・綾が向井家を訪ねる。信一郎が郷田を襲った事で、夫が篠を死に追いやったと知り詫びるためだった。旗本の娘だった綾は郷田の妻となる事で時代の橋を渡った女だったが、信一郎の姿に己を恥じ、郷田と離縁していた。女の誇りを取り戻した綾の姿に志津はお篠の位牌の前に綾を誘う。
綾と入れ違いに訪ねた茂平に信一郎は世を拗ねた姿を見せる。茂平は自分の不幸に甘えるかのような信一郎を何とか立ち直らせたいと願うのだった。

時代の風を信一郎に感じさせようと茂平は連れだって横浜に出掛ける。そこで二人は大鳥圭介と出会う。大鳥は信一郎と共に函館で戦った仲だったが、今は新政府の開拓使として北海道に渡ろうとしていた。失った命を慰めるためにも北海道に理想郷を造りたいと語る大鳥に北海道行きを誘われ、信一郎はようやく時代と向き合い始める。

寮にお篠を訪ねた茂平は酒の力を借りて何かをお篠に語ろうとしていた。茂平のただならぬ様子に「怖い話は聞きたくない」とお篠は不安を感じる。信一郎が生きており、茂平とは親友だったと聞かされて驚愕するお篠だったが、自分が位牌になっていると聞かされ改めて生まれ変わったお篠として生きたいと願うが、茂平は親友の許婚を奪う事はできないと思い悩む。もう信一郎の元に戻れないお篠は「一生守ってやるとおっしゃったじゃないですか…」と泣き崩れるのだった。
そんな二人の前に川越屋茂左衛門が現れ、茂平に「志を持って生きろ」と語る。茂左衛門の言葉に茂平は信一郎と正面から向き合って話し合おうと出ていく。茂平と信一郎の成り行きを気にかけ落ち着きのないお篠を茂左衛門は「未来の嫁ご」と温かく見守るのだった。

信一郎を呼びだした茂平は真剣を渡して「思う存分斬れ。だがとどめは刺すな」と告げる。訝る信一郎に嫁にしたい女がおり、それはお篠だと告白する。茂平の言葉に怒りながらも信一郎は竹を差し出し二人は立ち会う。
一時の怒りが収まった信一郎は許婚のお篠は苦労を掛けて死なせ、それは赤の他人だと言い、何故とどめを刺すなと言ったのかと尋ねる。「一生守ると約束した」という茂平に、信一郎は「幸せな女だ」と語る。
あれ以来向井家に出入りするようになった綾が大鳥を伴い北海道行きの決定を知らせに来る。綾に志津の世話を頼む信一郎。茂平は新たな旅立ちの成功を祈るのだった。
信一郎がその場を去ろとする時、篠が姿を現す。見つめ合う信一郎とお篠。「嫁御を大切に」と去っていく信一郎の後ろ姿に篠はただ黙って頭を下げるしかなかった。
茂左衛門が自分の目で茂平の心を見極めてこいとお篠を送り出したのだった。思わず抱き合う茂平とお篠だったが、篠の胸の懐剣に気付く。死を覚悟したお篠に胸打たれる茂平。「私に差し上げられるのはあなたに助けられた新しい命しかないのですもの…」とお篠は泣き笑うのだった。

茂平と篠の晴れの祝言の日。二人を祝福する人々に囲まれた美しい花嫁・お篠は怖いほどに幸せだった。そんなお篠にもっと幸せな思いを何度も味あわせようと茂平は思う。志津も幸せなお篠を一目でもと祝いに訪れる。手を取り合う二人。互いの心の仕えが降りる瞬間だった。
祝いの木遣りの中、どんな時も微笑み合ってさえいられれば幸せな茂平とお篠が花道を歩いていく。

 感激日記)
(10/27・28)
高橋英樹さんとの共演舞台の原作が『東京城残影』とわかり直ぐに読んだ。面白かった。時代の橋を渡った人間とわたれずにもがく人間、その中で一人の女を巡る二人の男…。高橋英樹さんにとっても杜さんにとっても茂平とお篠という役は新しい挑戦になるだろうと思った。
公演案内のチラシが出た段階で「!」「?」が頭の中を飛び交った。「!」は副題の『開化のおんなたち』。男優さんの座長公演とは言え、女たちに視点を置いた作品になるのだろうかという期待。「?」はあらすじ、えらく「清く、正しく、美しく」変わってしまっていた。
舞台を見終わって…。
「!」と思った『開化のおんなたち』。お篠、お絹、綾という3人の女が時代の橋のたもとにいる姿は織り込まれている。各々が最終的には自分の意志で生き方を決めては行くのだけれど作品の彩りのような感じがした。。
「?」と感じた部分。原作とこの舞台は別物と言ってもよい。読んでない方に少し原作の内容を説明すると…。
篠は函館の戦に出たまま帰らぬ旗本の夫を待ちながら病の舅と姑を抱え生活の苦労をしている。篠のような武家の女たちを陥れて稼ぐ女にだまされて、篠は初めての客として茂平と出会う。茂平は篠とは親子ほど年の離れた商人で無理やり関係を持った武家の若妻・篠にひかれる。罪悪感から篠を苦界から助け出した茂平を頼り、篠は夫は死んだものと諦め妾同然の暮らし。茂平の罪の意識を更に強めたのは、篠の婚家が茂平にとっては維新前に出入りした恩ある向井家だと判ったこと。夫が2年ぶりに生還する。取り返しのつかない自分の身の上に篠は夫が帰った夜、川に身を投げる。それを偶然に助けたのが茂平と茂平の愛人の米八だった。…。
これが舞台になると篠は結婚前の娘で、茂平は旗本の次男坊から商家の跡取りになった青年で、篠の許婚とは親友で、と青春物語になっている。一人の女と二人の男という構図は変わらないけれど、茂平が篠と信一郎に感じた罪の意識や、屈折した愛情、友情がさらっと流れてしまった感じがした。
作品中で茂平や茂左衛門の口から何度も「志」という言葉が出た。人に対するやさしさを持ち、姑息に策を弄さず真っ直ぐ生きる。茂平のその生き方が明治座のような劇場が長年持ち続けているヒーロー像なのだろうと思う。だが、茂平の「志」がその生き方そのものなのか、その先にもっと何か目指すものがあるのかは判らなかったし、「志」「優しさ」が声高にセリフで語られるばかりな印象が残った。
これらは主に脚本に対する不満だと思う。「雪の夢華のゆめ」で杜さんに素晴らしいりくを書いてくれた脚本家だけに期待は大きかったのだが。
演出はこういう舞台の常として暗転の多さ長さに閉口する。折角回り舞台もあるのだし、今の時代にあったスピーディな転換かが明治座の作品でも必要だと思う。
作品的には、事前に原作を読んで杜さんの役に妄想を膨らますことのない一般の観客には、それなりに楽しめる舞台だったのかも知れない。だが、原作を面白く読んだだけに、もっと原作に添った作品として『東京城残影』は見たかった。

茂平の高橋英樹さん。大きさと明るい愛嬌のある俳優さんだと思う。杜さんとは2作商人役が続き、英樹さん自身は新しい役への挑戦の気持ちがあるのだろう。今回は江戸から明治への時代の大きな流れの中の物語だが、基本は市井の人情劇。それにしては英樹さんのセリフに力が入りすぎている感じがした。持ち役である「桃太郎侍」のような作品ならあの時代劇の型にはまった言い回しも会うのかも知れないが、今回は例えば心を寄せるお篠に自分の夢を語ったり愛を伝えたりする場面はもっとやさしい口調の方が良いと思う。英樹さんの人(ニン)にあわせて元武士という設定にしてあるのだろうが、決意を語る言葉という意識があるためか愛の告白にしては怖かった。その点、鈴木瑞穂さんや江原真二郎さんのセリフ術は耳障りがよいと思う。ラストの婚礼の場面での花嫁へのメロメロ振りが微笑ましかっただけに惜しいと思う。
青山良彦さんの信一郎、やりがいのある良い役。三浦布美子さんの米八もいい女で、三浦さんに合っていた。三浦さんも新派調の型にはまったセリフ術が杜さんとの場面は自然に優しい人になっている感じがした。今回はコミカルな菅生さん、若く誠実な中村繁之さんにも好感を持つ。三原じゅん子さんも時代の橋を渡ったかに見えた権高な官僚の権妻・誇りを取り戻した意志的な武家の女をすっきり見せた。今回1番の心配だった遠野凪子さん。1部にセリフ回しにゆきちゃん入っているという声もありフムフムと思ったが(笑)、今回の役には合っていると思ったし、舞台姿が美しかった。

杜けあきさんのお篠
『雪の夢華のゆめ』で杜さんに「りく」を書いた脚本家が、このお篠役で杜さんに何を表現させたかったのかを考えた。例えばお篠という役柄は演技力がそれ程無くても、きれいな女優さんが演じればそれなりに成立するのではないかと思った。もちろん杜さんもきれいが売りの女優さんなわけだが、美しさの存在感であれほどまでの茂平のお篠への愛を納得させてしまえる、という気がした。だから、すご〜く脚本家に好意的に深読みすれば(笑)、そんな役柄を杜けあきという女優はどんな風に肉付けして表現するのかを私達ファンには見せてくれたのではないだろうか。だって杜さんも杜さんファンも、美しさ故に愛されるヒロインというだけでは物足りないに違いないもの。う〜ん、我ながら苦しい。(爆)
1幕、許婚の死を聞かされた上に無理やり自分のものにしようとする権田から逃れ、乱れた姿で茫然と舞台に登場。川から身を投げ茂平の船に助け上げられる。助けられた川越屋の寮で人心地つき「お篠と申します、この度は…」とやっと一声。お篠の絶望感や虚無感、生き続けなければならない事に対する恐怖感等々…一切セリフ無しでの表現。これからどうなるのだろうと期待を持たせた。杜さんが全身で表すお篠をずっと見ていたかったくらいに。
ここまで書いて先がなかなか続けられなかったので、今回はまとめるのは諦めて思いついたことを…。
まず、お篠は武家娘だけれどチラシ等にある武家娘姿は1度もなく形は町方の娘。助けられて直ぐの川越屋の寮での立ち居振る舞いや言葉つきで武家の出をそれとなく伝えている。周りの人達の世話をすんなり受けているところとか、やはり育ちの良さかなと思う。それ以後、どこまで武家の出を出すか、どこまで砕けて良いのか、この案配は難しいかもと思った。
許婚の信一郎との関係は儚い。「男の方は何でも簡単に捨てられるのですね」と一言。お篠が信一郎への思いを語ったのはもしかしてこれだけだったかも。健気に許婚の帰りを待ちながら、心のどこかに自分を顧みない信一郎への飽き足らない思いがある。信一郎さんに愛された実感もないまま苦労だけを残していったんだろうな。助けられて一月後には茂平の愛にお篠ちゃんは応えてしまうわけで(^_^;)、なんぼなんでも、ええんかな〜な展開です(笑)。この時代の許婚ですから好き合ってと言うのではないけど、そのあたりを脚本で観客に伝えておかないといけない今かなぁと思ったりもする。そう言うしきたりとは別の所で初めてお篠の心の琴線に触れた男性が茂平さんで、頼りがいのあるいい男です。これは『天翔ける虹』の鴻池市兵衛とおしずの方と同じパターン。茂平の言葉にはじめて人間らしい声を聞いたとお篠は言う。信一郎さんは彼なりにお篠さんをすごく愛していたようなので、お気の毒でしたが(^_^;)。結局、許婚の向井家との縁が舞台上では至極薄いので、お篠と向井家の関係に実感が湧いたのは婚礼の場面で信一郎の母とお篠が手を取り合ったとき。ここでやっとかつての嫁姑の 関係が腑に落ちて、お篠の幸せを祝う姑の言葉にグッときた。
晴れの祝言で「幸せすぎて怖いくらい。倒れてしまいそう…」のお篠さん、すごく可愛く綺麗なんですが、花道で「ずっと微笑み合っていられたら…」のセリフはやはり可愛いながらも堂々としたものでした(笑)。

観劇後に話していて今回の観劇日記は「お篠ちゃん可愛いで終わるかも〜」と言っていたのだけれど、ホント、そんな感じです(笑)。体が回復すると共に、お篠の生来の純な明るさが感じられるようになって、死にたいと思うほどの苦労や悲しみが垢として身についていない人というか…。素直な人だから茂平に守られて、前のめりに茂平に好意を持っていく。茂平に愛されて、結ばれて、でも実際に結婚するまでには紆余曲折が有る。もし晴れて夫婦という形に結びつかなくても茂平を決して恨まないとけなげな覚悟は秘めながら、その紆余曲折を杜さんは多少コミカルに演じているので全体としては重くなり過ぎない。そして二人とも本当に良かったねの空気が楽しいラスト。「倒れてしまいそう」なほど幸せなお篠に、「こんな事で倒れていたらこれから何度も倒れなくちゃならないよ」とメロメロの茂平。愛情一杯幸せ一杯だから、良しとするか…(笑)。


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