昔々ある予備校での模試風景
 
 今日7月3日(1981年)は、僕の通学している予備校の定期模試の日である。

 僕はS駅から、いつものように予備校へと足をすすめる。S駅から予備校は割と近い。

 しかしその予備校までが、何とも暗い道のりである。字の本当の意味でも暗い。予備校までは新幹線のガードの脇づたいの薄暗い道を、ずっと通っていくのである。ま、雰囲気としては良く言って、上野のアメ横を彷佛させなくもない。
 「やだなあ、テスト・・・」
今日は公開模試なので現役高校生も受験に来ているのが、我々浪人軍団にとっては後ろめたく恥ずかしく、つらいところである。
 もう、本当にイヤっ!

 気晴らしに「あこがれの、カオリちゃん(仮名)、今日来てるかなあ」などと考える。
カオリちゃんは、普段僕と同じクラスで授業を受けている、ショートカットで丸顔の僕の好みの女性なのである。
当然面識は全然ない。いつも遠くから眺めているだけの、僕にとっては高嶺の花なのである。


 そうこうするうちに予備校へ到着。
 
 げた箱の近くにあった掲示で、試験場になる教室を確認。
 「カオリちゃんはどこの教室なのかなあ?・・・。」
  まだこのお兄さんは「カオリちゃん」を気にしている。
 そういえば「カオリちゃん」は、前回のテスト時には、欠席していたので、このお兄さんの心配も、まあもっともといえないことも無い。

  試験場クラスは33教室とわかる。
 僕がこの予備校で普段の授業を受けている、行き慣れた自分の教室である。そんなわけで一先ず安心。
 33教室へ向かう。

 さて、教室入り口に辿りつくが、ここから教室に入るのが、また難しい作業で余分な労力を要す。入り口が、教室の中から見ると正面の側にあるので、入室時は必ず、既に到着している皆からの視線を正面から浴びてしまうことになるからである。
 そこでいつも、無駄とはわかっていながら、つい格好つけの作業がここで導入されることとなる。

 まず気さくに「ヨッ、ウッス、ウスウス」という気さくなあんちゃん系の感じを演出しようかと思案するが、ちょっとそれでは沈痛な浪人受験生らしからず、あまりに軽薄に思える。が、かといって「コノヤロー、ナメンナヨー」風威圧系というのも、ちょっと場違いな感がある。ニタニタ笑いながら、もしくは静かな微笑み浮かべ系というのは、更に気持ち悪い。
 そこで結局うつむいたままクールを装い、黙って入室する(一番陰気な気もするが・・・)。

 うつむいたまま、とにかく視線だけはエサを探すニワトリのように、あちらこちらに動かし、自分の席を探す。
 机の上に受験番号が貼ってある。
 ちなみに今日の僕の受験ナンバーは「3653」であった(この番号が後に良くも悪くも記念すべき番号になるとは・・・)。

 教室に入るとすぐに「3690」番台の数字が見えた。列ごとに横へ「3680」番台「3670」番台「3660」番台・・・となっているはずなので、横にスライド移動する。
 すると「3651」が見つかったので、あとは前から数えて三つ目に「3653」があるはずだ。

 見つかりました。
 僕の席は、三つづつ机をくっつけて並べてある右端の席なので、左側は机があるが右側は通路になっているのでせいせいする。
テスト時に両側に、見知らぬ変なあんちゃんに座られてしまっても大変困惑するのである。
 ・・・などというように、浪人なので、どうも細かいことでも気にしてクヨクヨする傾向があるようである。


 「どっこいしょ」と着席する。
 左隣は、僕がうつむいたまま座ったので顔はよく見ていないが、運良く女性のようである。ニンマリ。
 フーっと一息、荷物を机の中に入れた。

 あれっ?ちょっと左側の雰囲気に異変を感ずる。
 気のせいか、妙に華やかな気配が漂ってくる。香しい匂いもする。

 もしや!、と思いそろそろと左側に視線を移した僕は、一瞬我が目を疑った。
 ついでに呼吸も止まった。

 た、大変なことになった・・・。

 どんどん血が逆流しだし、顔は火照り心臓は波打ち、呼吸困難に陥った。


 そう!、なんと僕の左隣は、あのあこがれの「カオリちゃん」が静かに座っていたのであった!。
 タリラリラリラリラー!(上昇音階)

 「ウッ、ウソー!」思わず叫んでしまう。
 なんという偶然!、何という巡り合わせ!。
 これこそ神の思し召しでなくて、一体何が神の思し召しか!

 あこがれのカオリ嬢は僕と同じクラスの生徒ということは述べたが、普段彼女が座る席は、僕のいつも座る席とは教室の対極の側にいつも座っていたので、会話を交わすことはなく、いつも遠くから眺めているだけであった。
 席が離れていても、例えば同じ高校の出身の子だったら、話しかける糸口でもありそうなもんだが、僕にとっては全く見知らぬ学校出身のカオリ嬢とは、元よりそんな接点は無い。

それが何と今日はすぐ側に!隣に!彼女が座っているのである!物理的に!超至近距離に!
我が予備校人生始まって以来の大近距離接近状態なのである!。

 公開模試のクラス分けは、もちろん普段のクラス分けは関係なく、外部の人間や予備校の他のクラスの人間も混ざってランダムに配置されるので(おそらく受付順だと思うが)、彼女が隣に座るという確立は、何百の何百乗で(ちょっと大げさカナ?)、ほとんど無いに等しい(それが証拠に、このラッキーはその後二度と無かった)。
 僕は自分の受験票を見た。
「3653」・・・うーん、よい番号だ。実に良い番号だ。僕の予備校生活での記念すべき番号だ!神様ありがと!クラスわけした人本当にありがと!


 とりあえず、試験には時間が少しあったので、「そ、そ、そ、そうだ、一時間目の古文の単語の復習をしておか、おかねば」と、しどろもどろになりながらも思い出す。
 左隣が非常に、非常に、気になる。
 恥ずかしさを隠すべく、颯爽とバッグから古文豆単を取り出す風を装うつもりが、意に反し小刻みに手が震えている。

 一時間目は実は日本史だったということに気づき、慌てて日本史問題集を取り出して、サッと開く。
 本が逆さである。
 どうしようもない。

 とりあえず、この問題集を読みながら(眺めながら)、一時間目の開始を待つ。
 内容が全然頭に入らない。定期的にページを捲っているだけである。
 僕はその間ずっと「どうしましょ」となにがどうしましょ、なのかわからぬが、とにかくどうしましょとばかり考えていた。
 もうテストどころではない。

 日本史のテストが始まった。
 それどころではない。

 何かしなければ、どうにかしなければと悶々とする内に、次の英語が始まってしまった。
 それどころではない。

 そして更に悶々とする内に、遂に本日最終の三教科目の国語になってしまった。

 国語のテストは始まっている。
 そうだ!、テストの問題についての感想を聞くという名目で、テストが終わってから彼女に話し掛けよう!。
 そんなかくも単純な案を、やっとのことで思い付き、テスト問題の中から良さそうなネタを見つけることにした(しかし何やっとんのじゃ、このお兄さんは・・・)。

 普段予備校というものは、さすがに「受験」という雰囲気で、意中の女性を気軽にナンパできるような状況では無い。
 お、お知り合いになれるチャンスは、まさに「今」、今しか無い!ニャ〜イ!

 『きっかけのセリフは、やはりいかにも自然に「どうだった?」てな感じが良いが、初めて話す人に「どうだった」は無いか・・・でも「えー、初めまして。私は河童星人と申す者でありますが、どうだった?」でもおかしいしなあ・・・」』等と思いめぐらしているうちに、遂に終了のベルが鳴ってしまった!。


 三教科で終了なので他の皆はどんどん帰り支度をして教室を退室し始めている。
 僕の焦りはピークに達した。
 もうどうにでもなれ!とは思ったものの、意を決して勇気を出して、ちょっとばかし小芝居をいれつつも、どうにかこうにか話し掛けてみることにした。

 僕:(ああ、むずかしかったなあ、という雰囲気の表情をした後、トコロデ、という感じで彼女の方に振り向き)
   「あ、あ、あ、の、最後の問題のナンチャラカンチャラは・・・、チョ、チョ、チョメチョメだよね?」
   (パニックで何を聞いたかほとんど覚えて無い)。

 カオリ嬢:(唐突に話しかけられ困惑した感じに加え、なんでそんな当たり前のこと聞くの?という感じで)
      「え?、ええ・・チョメチョメ。」

 彼女は僕の問いにオウム返しのように一言答えた後、サッサと身支度をして、すぐに教室を後にしてしまった。

 僕は身体の力がドーッと抜け虚脱状態に陥いる。
 この小芝居が実に不自然でタイミングの悪いものであったろうことは、当の本人が痛ーい程よくわかっている。

 ああ・・・失敗例・・・。アイタタタタ。

 ふと目前の受験番号に目がいく。
 『受験番号「3653」かあ・・・そういえば「ミロ、コーサン」「見ろ、降参」・・・(そら見たことか。降参。)・・・とも読めなくはないな・・・「ミロ、ゴサン」「見ろ、誤算」」・・・(そら見たことか。誤算。)・・・などとも読めるなあ・・・』
 後悔の念がトップスピードでギュンギュンと頭の中を駆け巡る。
 

 この日のテストの成績が良いものであるわけがなかったことは、皆さんも十分御理解いただけるであろう・・・。


 さて、僕はこの後、数ヶ月間のスランプ状態に陥いることとなる。

 しかし、このスランプが、後に発憤材料となり僕は、翌春なんとか志望校に受かることができた。

 カオリちゃんはその後関東の某有名女短大に合格したらしいが、僕と結ばれてなどいないことは言うまでも無い。

 青春とは、えてして唐突であり、滑稽であるが、それゆえせつなく美しいものである・・・なんてね。 (2000.2.10)

    ●上記レポートを読む場合の推奨BGM
                  オフコース:「こころは気紛れ」 (SONG IS LOVE収録)・「心さみしい人よ」(FAIRWAY収録)


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