僕のお気に入りの音楽1-クラシック
リスト Franz Liszt  (1811〜1886)


作品名 演奏 一言
ファウスト交響曲 ショルティ
シカゴ交響楽団
(1978)
 今年(2000年)はリストの生誕189年にあたる。
 更には没後114年にあたる。
 全く節目の年では無いではないかと思われる方もあろう。
 その通り、全く節目では無い。
 しかし節目では無いこの年、私は敢えてリストを応援したい。
 リストは一応ロマン派のくくりに位置づけられているが、どうも他のロマン派の作曲家と比べ、過小評価されている感が無くも無い。かくいう私も、リストには「愛の夢」などのように、いかにもロマン派的なものもあるが、そういったもの以外はなんか退屈、てな感じがして敬遠しているむきもあった。
 しかしこれはショパンやシューマンのような「ロマン派」のくくりでリストをみていたからだということに気づいた。

 リストの管弦楽作品を聴いていると、そこに出現するそのたゆたう如き幻想的な弦の響き、その音色の豊かさ、これはどうみてもその後に続く後期ロマン派等を先取りしているとしか思えない。
 リストはショパンやシューマンよりも大分長く19世紀後半まで生きたということもあるが、リストは進んでいたのだ。
 「リスト!すまなかった!」という気持ちで今は一杯である。(2000.8.28update)

巡礼の年第1年「スイス」S160
巡礼の年第2年「イタリア」S161
巡礼の年第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」S162
ホルヘ・ボレット
(1982〜1983)
 私は街の哀愁の情景に乗せて美しい音楽を聴くのが好きである。
 リストも旅先等での体験からインスピレーションを受けたり、母国の民族音楽を基に作曲したりなど、様々な土地と音楽との関連を認識しているところが、結構親しみが持てる。

 人妻との不倫をしていたのにも親しみではないが羨望の念が沸く。失礼。話題がそれました。

 しかもこの曲集は行った先々で見た彫刻絵画や自然にモチーフをとったものがある。まさに後の印象派を予感させるものもある。
 リストは何も考えずに聴くとちょっと退屈してしまう面も無きにしも非ずであるが、こうした巡礼の旅に思いを馳せて聴けば、その美しい世界に魅了されてしまうのである。(2000.8.28update)

ピアノソナタロ短調 ホルヘ・ボレット
(1982)
 いわゆるクラシックといわれている作品には時代が下るにつれ、随分壊れてきたな・・・という印象を受ける作品も多々出てくる。この壊れ感は心地よい時もあれば、時に退屈な時もある。
 しかし「壊れちゃった感」は、何も新しく出てきたものにばかりあるのでは無い。
 一見全然壊れていなそうなモーツアルトにしたって、幻想曲や、弦楽四重奏「不協和音」、交響曲40番等、結構壊れ感は出てきている。
 ベートーヴェンになると壊れ感は顕著になってくる。

 その後「壊れちゃった感」を大々的に押し進めた人として、ワーグナーがいる。
 このワーグナーの二度めの嫁さん(コジマ)の親父さんがリストである。
 ワーグナーはリストからも当然影響を受けていたようだが、ピアノ作品はほとんど書いていない。
 リストの作品は、それまでのロマン派的流れというよりは、後のワーグナー的世界を予感させる感じの作品が結構ある。
 リストがバイロイトにワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を見に行って、そこで拗らせた風邪が引き金になって生涯を終えることになったというのも何か象徴的でもある。

 このソナタも結構壊れている。しかしリストくらいの、このロマン的壊れ感が私には程良い。
 ブラームスはこの曲を聴いて眠ってしまったという噂話があるが、陶酔と退屈の紙一重も実にワーグナーを先取りしているかのようにも思える。(2000.8.28update)

ピアノ協奏曲集 ジョルジ・シフラ
アンドレヴァンデルノート
フィルハーモニア管弦楽団
(1958〜1964)
 リストが他の作曲家に比べて過小評価されている気がしないでも無いのは、一つには技巧に走りすぎみたいなことがあるからかもしれない。
 しかし例えばこのピアノ協奏曲なんかを聴くと、技巧的云々よりも、随分響きが近代的で新しく聞こえてくるという印象の方が私には強い気もする。それで十分にも思える。

 リストの人柄等を記した本を見ると、カッコヨクテしかも面倒見も良い、大らかなイイ人ではあったようである。しかも当時は押しも押されぬ大御所であった。スキャンダル的なこともあったようである。
 僕とは違って随分モテタらしいが、もしかしたらそのモテぶり著名ぶりスターぶりが元来嫉妬されやすく、それが過小評価につながってしまうのだろうか?なんてことも思ってみたりする。(2000.8.28update)

エステ荘の噴水
(リスト・リサイタル)
アルフレッド・ブレンデル(1980)  これはブレンデルがリストの晩年の作品を集めて録音したオムニバス集。
 このアルバムを聴いていると、なぜリストが技巧的・装飾的すぎると言われているのかがサッパリわからなくなる。
 きっと若い頃の作品のせいだと思うが、この晩年の作品群は、そうした評価を越えていて、実に近代的な完成形を見せている。晩年にリストが到達していた境地を窺い知ることができる。

 アルバムタイトルにもある「エステ荘の噴水(巡礼の年 第三年より)」なぞドビュッシーの曲といったってわからないくらい、印象派を先取りしているし、「子守り歌」なんて、他の作曲家の子守り歌では聴くことのできないような陰影に満ちた、いわゆる一般的なリストイメージらしからぬ物静かな深い曲調になっている。
 僕のようなリストを誤解していた者の誤解を解くには格好のアルバム。
 ブレンデルの円熟した演奏も聴き物。(2000.10.12update)


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