「燃えよドラゴン」で一世を風靡したブルース・リーであったが、我々モテナイ少年ブルース・リーフリークの間では「ドラゴン怒りの鉄拳」と、この「ドラゴンへの道」の人気が最も高かったと記憶する。  
   モテナイ少年フリークが熱狂・感動するパターンにこういうのがある。 
 それは、「へなちょこに見えていた男性が、実はすごい才能の持ち主だったりする」というパターン。 
 これには驚愕し、時には感動すら呼び起こす場合がある。 
 時にはそこに「男のカッコヨサ」を見出したりもする。 
 へなちょこが立ち上がって、ヒーローに変わっていくさまに、鳥肌が総立ちする。
 「すげえ!、すんげえよオマエ!」みたいな・・・。 
    どっかのヘナチョコに見えたけど、実は類まれな才能の持ち主というパターン。 
 結構これは、いろんな名作で使用されている「感動呼び起こしパターン」で、僕もこれには滅法弱く、良くヤラレテしまう。 
 例えば誰しもが知っているような代表的なものとしては、あの「水戸黄門」。 
 最初はどっかのタヌキオヤジだと思っていたのが、実はかつての江戸幕府の副将軍だったなんてのがある。 
  以下有名な例を挙げていくと、 
 「スターウォーズ」のヨーダも、ちんちくりんの宇宙人オヤジに見えたのが、実はジェダイマスターだった。 
 アニメだと「ドラゴンボール」で、どっかの猿小僧だった悟空が、実は伝説の最強戦士スーパーサイヤ人だった。 
 「スラムダンク」で、どっかの不良学生の桜木花道が、実は類まれなバスケット能力を持っていた。 
 などなど・・・ 
  「ドラゴンへの道」のブルース・リーは、まさにこのパターンを踏襲していて、うだつの上がらぬ田舎青年が、実は拳法の達人だったというものである。 
 この見た目とのギャップが、最高の興奮を呼び起こすのである。  
 我々モテナイ少年ブルース・リーフリークは、モチロンこれで簡単にコロリといかれてしまった。 
    ところで、忘れてはいけないのは、ブルース・リー映画の主題歌である。 
 特に「ドラゴン怒りの鉄拳」と、この「ドラゴンへの道」の主題歌には、我々モテナイ少年ブルース・リーフリークも熱狂した。 
 僕は友人が持っていたサウンドトラックのレコードを貸してもらい、スピーカーに耳を当てつつ、歌詞を聞いてそれを、紙に書き取ったりなどしていた。
 「ウエー、ゼン、ミークネース、ゼウイルビン ブラーイトラーイー・・・」みたいな。 
 まだビートルズに出会う前だったので、我が歴史において、これはまさに最も早い時期に熱狂した洋楽といえる。 
    しかし、これが真の洋楽ということに「?」のつく事実が後年発覚する。 
 実は、僕らが熱狂していた、主題歌は、オリジナル映画には、存在しないものだったのである。 
 なんと日本の会社が、オリジナルの主題歌を元に、それに勝手に英語の歌詞をつけて、ちゃっかり挿入させていたもののようだ。
 映画のセリフだって、日本が勝手に英語に吹き替えてしまっていたようだ。 
    後年この事実を知り、複雑な思いが心中を去来した。 
 東京で華々しく活躍している様を、上京した親に見せた息子だったが、実は友人に頼んでそのような芝居をしていただけで、実際は毎日バイトで、食うや食わずの生活をしていたみたいな、そんな感じである(?喩えがわかりにくいって?)。 
    我々はモテナイ少年ブルース・リーフリークは、なんとニセモノに浮かれてしまっていたのである・・・  
 しかしながら、今やモテナイ独身青年までに成長した元モテナイ少年ブルース・リーフリークには、「ダマサレタ」という思いは全くない。 
 むしろ、「いい夢見させてもらったよ」という思いすらある。 
 むしろ、「僕らだけに特別な感動ありがとう」という思いすらある。
 育ての母に「母さん、貴方が僕の本当の母親ですよ」なんて、言うようなもんである。
 (2000.6.26)  |