Monologue2002-20 (2002.4.16〜2002.4.23)
 「2002.4.23(火)」晴・大仏に会う

 連休は大仏に会いに行くことになりそうだ。
 USJもディズニーシーも行ったことが無いのに、せっかくの連休”大仏に会う”のもいかがなものかと問われそうだが、行くったら行くのッ!。
 夢で見たから仕方ない。
 実は昔から、折りに触れて、僕がどこかの旅先にいる夢を見たことがあって、行こうか行くまいか迷ったことが何度かあった。
 結局今まで実現したことは無かったが、今回初めて夢の指示通りに動いてみることができそうだ。

 余談だが、以前ラサール石井氏が小池栄子嬢を、菩薩顔もしくは観音顔だと言っていた。確かに、と思わず首肯してしまった。
 そういえば何となく大仏の顔も彷彿させなくも無い。まさに昔の理想的な美女の姿なのであろうか。
 そうなると、大仏の性別は良くわからんが、実は女性なのでは?と考えると満更”大仏に会う”のも色っぽく無くはなくなる・・・かな?・・・。

 「2002.4.21(日)」雨・青空

 東京は一日中雨だった。
 せっかくなので以前東京江東区の砂町銀座商店街を見物に行った後、帰りに立ち寄った東大島の「大島小松川公園」で撮った写真を載せて置く。
 確かこの日は風がかなりキツかった。
 このような人工的な場所でも、散策の終わりに、こんな青空は心癒されるものがあるもんだ。
 実は景色は何だって良くて、青い空が良いのだろうか・・・?。
 

 「2002.4.20(土)」曇・思えばあれが始まり

 学生時代住込みで新聞配達をしていた時、そこの専売所の先輩に連れられて、初めて女性のいるスナックにいった。
 その時そこにいたオネエチャン、20代後半か30前後か、といっても当時の僕には随分大人に見えたのであるが、そのオネエサマが、当時まだ21くらいだった僕の横に座った時”わーっ、こんな若い子珍しいから、なんかドキドキしてきちゃう!”みたいなことを言ってくれたのである。

 当時、どうリアクションしていいか、こうした店ではどう過ごしたら良いか、右も左も全くわからなかった僕は、このオネエサマの賛辞を聞いても、只ヘラヘラしていただけだったように記憶する。
 しかし、今でも覚えていることでおわかりのように、こちらも内心はかなり嬉しく舞い上がった。

 勿論お世辞だったかもしれない。
 しかし、この一言は都会慣れ女慣れしていないモテナイ独身田舎青年には強烈なインパクトがあり、パワーを与えた。

 今思えば、この一言が、今の僕の”オネエチャンの店好き”の原点になっているのでは無いか、と最近感じ始めている。

 「2002.4.19(金)」曇・娘掛け橋

 モー娘。はやっぱ偉大だね。

 最近夜のオネエチャン達とカラオケをやっても、僕などがついこの間まで新しいじゃんと思っていた、B’Z、ミスチル、米米、オリジナルラブ、などを、既に古くて知らない世代が出て来てしまう始末なのである。
 よく考えてみれば、これらのアーチストの歌が流行っていた頃からは、5〜10年は経っている。
 当時B’Zでも結構背伸びした感があったのに、もうドラゴンアッシュなどは覚え切れないのである。
 元より原田真二の「てい〜んず、ぶるうす」やチューリップの「夏色の想い出」など、特定の世代しかしらないような歌を歌いたいくちなので、最近のカラオケ世代ギャップの拍車がかかる傾向には、次第に哀愁すら感じ始めてきたところであった。

 ところが、こんな寂しきモテナイ独身エトランゼオジサンが、なんと偶々モー娘。の楽曲を熟知していたことで、若いオネエチャンと、辛うじて接点を持つことができたのである。
 モー娘。は渋谷の場末の盛り場で、モテナイオジサンと若いネエチャンの間の友好の掛け橋となったのである。
 この事実を以ってしても偉大では無いと、誰が言えようか、いや言えまい・・・、ん?どっちだ?。

 「2002.4.18(木)」曇・一夜明け

 昨日の夢があり、連休中の宿を衝動的に予約してしまった。
 「旅の窓口」というインターネットの予約で行なった。
 こちらのしたい時に予約ができるなんて、なんて便利になったもんだと感心する。しかもこのサイトは予約割引もしてくる。
 それにしても旅行がらみのことをしている間は無条件にウキウキしている自分に気づくが、よほど好きなんだろうなー、と他人事のように思ったりする。

 「2002.4.17(水)」曇時々雨・夢って、もしや

 又夢の話で恐縮であるが、興味のある方は、まず当コーナーの今年1月22日の日記を読んでいただきたい。読んだら又戻って来てね・・・。

 ・・・読んでいただけたであろうか。
 実はここで話題にした店が先週、店終いしてしまったそうだ。
 理由は旦那さんの健康上の理由らしい。

 ただ結果論のようなコジツケのような勝手な邪推をしてしまうけれど、日記では冗談で「自転車操業」などと書いたが、店を畳まざるを得なかったということは、もしかしたら内実はそれに似たような苦労があったのかもしれない。

 僕がこの店について何かを言える立場では無いので、この件についてのこれ以上の詮索はしない。
 ここでは夢というのは、意外に深い事実も暗示している可能性があるようだ、ということを言うに留めたい。

 ちなみに今日は、山の中腹のような高い所から西に拡がっている昼過ぎの街を見下ろしている夢を見た。
 その街には木造の大きな寺院が沢山並んでおり、その中の一つが東大寺だとわかったので、そこは奈良のようでもあった。
 しかし街を見た印象、起きた後の印象が、どうも清水寺近辺、すなわち京都では無いか?という気にもさせた。
 そんな中、今日の朝日新聞に、今年が「大仏開眼1250年」だという記事が載っていた。
 「開眼」などというと、”じゃ、それまで寝てたのかよっ!”と突っ込みたくもなるが、ともあれ記念展示などもやるそうなので、今度のゴールデンウイーク、俄然京都・奈良への漂白の思いが募って来た。

 「2002.4.16(火)」晴・すってすって

 今週号の「週刊 日本の街道」をとある書店で購入しようとしたところ、隣に「週刊 日本の美をめぐる」という同系列の冊子が並べられていたので、ついでにそれも購入した。
 表紙が大きな波の絵だったことが購入の動機である。
 「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」すなわち葛飾北斎が今週号の特集であった。

 家に帰りパラパラとその冊子を捲っていると、私モテナイ独身エトランゼ、ごく自然に春画に目が止まってしまった 。
 「喜能會之故眞通(きのえのこまつ)」と題されたその春画、どんな絵かと言うとこんな絵である。

 仰向けになった全裸の女性(海女という設定らしい)の股ぐらに大蛸(たこ)が吸いついている。もう少し言うと、かなりリアルに描かれた女性の局部を思い切り密着して吸っている。そして蛸の足は裸の女性の全身に絡みついている。
 絵の余白には北斎の自作らしい海女の喘ぎ声等が入った相当卑猥な文章も書かれている。

 この絵のエロさもさることながら、エロをこんな風に表現していた北斎のセンスに、思わず”ホクチャン、スバラシッ!”と唸ってしまった。

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