Monologue2002-05 (2002.2.2〜2002.2.7)
「2002.2.7(木)」晴・踏んでも幸せ

 最近は仕事も忙しくイライラする局面も多々ある。
 わからないことがあったら悩まずドンドン聞け、などと言うからいろいろ聞いていたら、今度は何でもかんでも聞かずに自分で考えろ、などと言う。どっちだよッ!!。思わず「オマエは畳の上では死ねない」と指差して指摘してやろうかと思ってしまった。
 それから、こっちはどうでもいいように思っていることで引っかかる。
 シャチハタを常備していない、ということを責められたが、確かにシャチハタの有用性は僕も良く知っているが、たまたま壊れてしまっていたので三文判しか持ち合わせていなかった。勿論すぐ入手しようとは思っていたのだが、その持っていない僅かな期間の隙間をぬって、まるでそこを狙って来たかのように、常識がなっていないと、新入社員の如く言われ、かなりカチンときたりしているザマである。

 まあ、でも確かにこのように今の職場は何かにつけ皆ピリピリしているのもわかる。
 僕も久々に「文字どおりハマッタな・・・ビジネス社会に・・・」という感じである。
 今月から行っているこの職場は、綺麗な建物で広くて、若い人も女性も沢山いるのに、とてつもなく殺伐としているのである。まさに僕が最も忌み嫌うコミュニティの典型的な雰囲気を持っている。ミヒャエルエンデのモモに出てくるような冷たいコミュニティの雰囲気を有り有りと醸し出している。
 こんなところに長らくいると、まず間違いなく体調を壊してしまうことだろう。

 ・・と、こんな愚痴を述べつつもムッツリイライラ仕事をして、スッカリここの波長に同調してしまってドップリ漬かってしまっている自分が悔しい。未だにこんな低レベルのことに引っかかっている自分が腹立たしい。でも、ま、人生の悩みの多くは、こうした低次元の諍いなのかもな。

 そんな中、帰りの電車で、ちょっとしたボケをかましてしまった。
 ボーッとしていたのだろう。
 電車から降りる時に、前にいた若い女性の踵を踏んずけてしまい、その女性の靴が脱げて、電車の中に置き去りになってしまった。
 僕は、まずい、と思って急いでその靴を電車の中から拾い上げ、深く深く詫びながら女性に返した。

 明らかに僕に非があったのであるが、その女性はこともあろうに、すまなそうに、まるで僕が窮地を救ってでもやったかのように見えるような謙虚な礼を述べてくれたので、こちらは大変恐縮してしまったのである。

 ま、ともあれ、とんだボケであったが、これで僕の殺伐とした心が潤ったことは、言うまでも無い。

「2002.2.6(水)」晴・仏五左衛門

 オジサンになっていくのは若い人から見れば哀しいことであるのかもしれない。
 只結構楽しいこともあるのかな、と最近思う。

 若い頃学校の授業で習ったようなこと、当時は全く面白く無かったようなことが、なぜかオジサンになると急に面白くなって来る。ごく自然に興味が湧いて来る。
 歴史・古典の類い・自然科学・音楽・美術・・・

 オジサンは、こうしてなぜ若い頃もっと勉強しておかなかったのかと後悔し、自分の子供に勉強しろ!とうるさくいうのであろう。

 オジサンになると、なぜか勉強の面白さが急にわかってきたりするのである。
 ある日突然わかったような気がして、まずそれに驚くくらいである。
 ふと急に又勉強し直したくなったりするのである。これは若い人にはチョット理解できない感慨かもしれない。

 芭蕉の「奥の細道」なんて高校時代に授業で出てきても全く興味が沸かなかった。
 それなのに、まずびっくりするのは、これは自慢でも何でも無いが、今は言葉の意味がそんなにわからなくても、ざっと読むとなんとなく意味がとれてしまうのである。
 確かに高校時代多少の古典の勉強は授業で行なったが、古典の素養としたら、まあ平凡な文系レベル程度だろうし、勿論専門で芭蕉の勉強をした訳でも無く、昔取った杵柄なのか、そんな平凡な素養でどうにかこうにか読めてしまうのである。
 きっとその素養がベースになったことに加え、芭蕉がこの奥の細道の旅に出た年齢に僕も近づいて来たことで、芭蕉がこの状況で何を言いたいのかが薄々わかるようになり、自然に芭蕉の心に共感できるようになったのでは無いか?という気がするのである。

 例えば、旅先で出会いもてなしを受けた、正直だけが取り柄のような素朴な人物のことを称し、こういう人こそ最も尊ぶべき人物なのだ、と言う芭蕉。
 昔の僕だったら、へえ、そう?位ですませてしまったところだろうが、今はこの文章で言わんとする意味が良くわかる。

 旅先で出会う人というのは、まさに初対面で尚且つ一期一会であることがほとんどだ。
 そんな千載一遇の機会にも、何も飾ること無く素直な気持ちで見ず知らずの旅人に接し快くもてなしてくれる人間。
 都会暮らし等でいろんな社会生活の垢に染まってしまった我々に、そんなフランクな人間になることはなかなか難しい。人見知りをし、相手の出方を伺ったり、変に気を回したり、策略だらけの対人関係・・・。
 そんな我々から比べたら無知無分別だが正直でピュアな人間、イメージは違うかもしれぬが寅さんみたいな人間に、僕等は憧憬と親愛の情を抱かずにはいられないでは無かろうか。
 自分が成りたくても容易になれないピュアな人間、そんな人物に放浪先のあずまやで出会うことができた時の感慨はいかばかりのものがあろうか。だからこそ尊いのだろう。
 きっとそれを芭蕉は思わず紀行文にしたためたかったに違いない。イイネタだと思ったに違いない。

「2002.2.4(月)」晴・君が好き

 今日のフジのHey3に出ていたミスチルの「君が好き」を聴きながら、なんて素敵な歌を作りやがるんだと、ため息が出てしまった。
 いわゆる恋愛ものの歌も、あれだけのレベルになると、それに纏わっている全ての営みが、意義あることだったと納得させてくれるものがある。きっとメロディが、詩以上の何かを僕等の無意識に語りかけてくるんだろう。
 すなわち音楽には、地球上の一見取るに足らない無意味のように見えることを、意味のあるものとして浮き上がらせるような不思議な力があるのかもしれない。
 時々、人間はもしかしたら「音楽」に向かって進化しているのでは無いか?、と思う時がある。
 人間、死んであの世に行くと、それぞれの魂が皆音楽になっていくのでは無いか?、などと思う時すらある。

 なんか、今日は「君が好き」から、やけに難しくなってきてしまいましたな。酔っぱらってるわけじゃございませんが、たぶん今日も又疲れているのでせう。ま、いい歌はいいやね。

「2002.2.3(日)」雨・早く使い切りたい

 今日のような雨の日は、もう機械的にブルーになってしまいますな。
 ところで仮に人間は悪運と良運の二つを持って生まれて来ると仮定する。
 そうなると悪運は若い頃に使い果たしてしまえば、あと良運しか残っていないから余生は幸せに暮らせる。
 逆に良運を若い頃に使ってしまうと、悪運しか残らなくなってしまう。
 そう考えると悪運は早めに使い切ってしまうように、なるべく最初から若いうちから苦難の道を選んだ方が良いのだろうか?それが「若いうちに苦労した方が良い」という意味なのだろうか?。
 ・・・と、運の無いことに理屈をつけてみて気休めをする今日この頃であった、とさ。

「2002.2.2(土)」晴・どうかどうか僕に

 良く勘違いというか思い込みで物事を覚えていたりして、ずっと後からになって間違いに気づき恥ずかしい思いをすることがあるが、例えば「台風一過」を「台風一家」と勘違いし、「台風のような激しい一家のこと」とか「台風になんで家族いるんだよっ!」とか「ウルトラマンかよっ!」などとかいう具合に取り違えたりすることなどは良くある。

 さて、ビートルズの初期のヒット曲に「Please Please Me」というのがあるが、この「Please」に僕は引っかかった。
 中学校では「Please 」というと、まず文頭に持って来て「どうぞ〜してくれ、どうか〜してくれ」という意味の方を習う。
 それで僕は最初「Please Please Me」は「どうか、どうか、僕に」と「どうか」を2回続けて「どうしても何かして欲しいと言う切なる願いを訴えている歌」なのだと思っていた。
 まあ確かにこの歌の言わんとしていることの大まかな解釈、ということ自体ではこれで合ってはいたのである。

 しかし実際のセンテンスに即しての理解には誤解があった。
 実際は「Please 」には「楽しませる」という意味もあり、「Please Please Me」は「どうか僕を楽しませてくれ」という意味で、同じ言葉を並べて使用した、まあ日本で言えば「布団が吹っ飛んだ」的駄洒落(?)のようなジョンの粋な遊び心なのであった。
 このことにハッと突然気づいたのは、ずっと後に成人して齢30も大分過ぎてからのことなのであった。
 全くビートルズファンなどと称しながら、曲のタイトルの真意すらわかっていなかった自分の英語に対する理解力の鈍さ呑気さに、我ながら失笑してしまった一件なのであった、とさ。

back to ●Monologue Index
back to●others
back to the top