Monologue2001-69 (2001.12.8〜2001.12.13)

「2001.12.13(木)」雨後曇・安いかき揚げ丼

 東横線の祐天寺の駅前にある立ち食い蕎麦屋で、かき揚げ丼が味噌汁付きで350円、これは味とボリュームの割には安い値段である。
 今日はこんだけです。以上。最近このパターン増えつつあるな。

「2001.12.12(水)」晴・一生何だよっ?

 オヤジ化の兆候の一つとして挙げられるのは、体内から様々なモノが発散される、ということであろう。
 それは、オヤジ臭、痰、呻き声、いびき、咳、愚痴・・・等々、である。

 きっとオヤジになるとオヤジ諸氏は、それらのものを絶えず体内から発散、排除せずにはいられないのであろう。
 今まで生きて来た人生の重み、様々なシガラミ、苦悩、悔恨、屈辱、汚点、・・・そうしたありとあらゆる今までの重くムサクルしいゴミカスが、きっと形を変えて、痰や呻き声になって排出されていくのであろう。
 痰やイビキの一つ一つにもオヤジ達の重くムサクルしい人生が、乗っかっているのである。
 只でさえ汚れがちな身体ゆえ、こうした排出は自然の為せる業なのであろう。

 オヤジ諸氏は様々な場所でゴミカスを排出する。
 これはトイレにおいても例外では無い。
 先日も男性トイレに入ったら、大の部屋からオヤジのものと思われる呻き声が聞こえてきた。
 いや、聞こえてきた、どころでは無く、オヤジの呻き声で部屋全体が震撼しているかのようであった。
 「おおおおおっっっ〜〜」
 「うううっっっ〜〜」
 「はおううっっっ〜〜」
 「ふんぬうをっっっ〜〜」
 オヤジの苦しげで且つ哀しく切なげな呻き声が、静かな便所全体にヒトキワ大きく響いていた。
 かと思いきや、合間に時折、
 「おーっ・・・」「ほーっ・・・」などという悦楽の響きにも似た吐息の如きものも洩れ聞えてくる。
 全く声だけ聞いていると、如何わしい洋モノ裏ビデオの男性音声部のみを抽出したかのようである。

 それにしても騒々しくお忙しげである。
 七転八倒、などという単語もなぜか、ふと浮かんだりする。
 きっと中ではさぞかし大変なことになっちゃっているのであろう。きっと鶴の恩返しの鶴の機織り現場みたいに、絶対に見てはイケナイものなのであろう。

 その内、このオジサンは何やら独り言を喋り始めた。
 そして「・・い、い、一生っ、ほにゃらららら・・・」
 ん?一生?、確かに「一生」と聞こえてきた。しかしその後は良く聞き取れなかった。
 一生?一生一体どうしたんだ?、一生何なんだっ!?あーっ、「一生」のその後聞きてえ・・・。

 きっと「一生」引きずる様な大変な問題に違いない。きっと「一生」かかって解決するかしないかの複雑な問題に違いない。トイレでウンコしている時にしか漏らせない悲痛な叫びに違いない。
 或いは若者に取り入ろうと思って三木道三の歌を涙ぐましく隠れて練習していたのかもしれない。

 僕は続きを是非聞きたかったのであるが、長くそこに居ると、このオヤジのウンコの臭いが付いてしまうので、相変わらず呻き続けるオヤジを後にし、早々にトイレから退散することにした。

 最近のオヤジはどこへ行っても居場所が無く、唯一寛げるのはトイレだ、などというオヤジもいると聞く。
 自らのウンコの臭いにまみれながら、今日もウンコと一緒に「一生の」垢を落としているオヤジが、きっと貴方の近くにもいるかもしれない。

「2001.12.11(火)」晴・注文すんのね

 今日の日テレ「踊るさんま御殿」で漫画家の蛭子さんが、最近の回転寿司は注文しないと握ってもらえないネタがあると言って嘆いていた。
 そうそう確かに多いよね、最近そういう店。
 回転寿司のイイところはワザワザ注文しなくても良かったところなのにね。
 今日は以上です。んじゃ、また。

「2001.12.10(月)」晴・着信音作る

 携帯の着信メロディを自分で打ち込んでみようと思い、試しにビートルズの「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」を入れてみたのであるが、全く自分が思う通りの音符で入れたはずが、やはり何か違いますな。
 主旋律が始まってすぐ「making each day of the year」と歌う部分が、原曲だとポールの艶っぽく瑞々しいファルセット(裏声)のボーカルが大変素敵な箇所なのであるが、こうしてのっぺりしたデジタル音にしてしまうと、全く潤いの無い耳ざわりな音に成り下がってしまうから不思議である。なんとも味気なくなってしまうのである。

 打ち込み時は何度もこの音を聞くから終いにはイライラしてきて、この名曲を単なる警笛に成り下げた怒りも加わり「どうすりゃここまで品位を下げられるわけっ?!」「違うんだよ!最初から何もかもっ!」などとその都度癇癪を起こし、危うくデータを消してしまいそうにまでなったが、どの道もうこれ以上の品質は望めないなら、このままで行くしかないと諦め、これを着信音として無事採用にまでは至ることとなった。
 1曲目からこの調子だと、これから1曲打つ度に血圧を上げそうな気配である。
 結局元からあるやつで済ませちゃったりして。んなこたーない・・・ようにしたいものである。

「2001.12.9(日)」晴・あの夢

 卑猥な話になって申し訳ないが、夢の中に裸の異性が出てくる場合がある。
 私モテナイ独身エトランゼの拙い夢判断検証レポートによれば、これは相手の異性が、自分に対して心を開いて接近してくる、ということらしい。
 たまに全裸という場合もあるが、これはかなり開放的に心を打ち解けて来てくれる、親しみを持ってくれる、ということになる。
 たまに局部が見えていたり、実際の行為に及ぶなんて時もあるかと思うが、こういう場合は多少の性的感心を持って接してくる、ということを意味している。

 心を開く=異性として好きになる、とは必ずしも言え無いので、これで相手が自分を恋愛の対象としてみているかは別であるが、ここから恋愛に発展する可能性はあるだろう。

 一口メエモオでした。

「2001.12.8(土)」晴・とうとう携帯が

 とうとう携帯電話が我が家にも登場することとなった。
 私、モテナイ独身エトランゼ今まで携帯無し、は現在、携帯のかけ方・保留の仕方・切り方、等々、一から必死になって勉強中である。

 いろいろと学んで行くと、意外な事態に気づく時もある。
 例えば、あのー、なんですな・・・、携帯用のサイトは、どんな機種の携帯でもアクセスできるわけでは無く、機種が限られているサイトもあるんですな・・・。気づかなかった・・・。
 僕は、平田裕香ちゃんの待ち受け画面がダウンロードできるというサイトがあるというので、そこにアクセスしようとしたのだが、どうやらそこはドコモの携帯でしかアクセスできないらしい。僕のはドコモじゃ無いのである。
 実にガッカリでしたな。

 それにしても改めて言うほどのことでも無いのかもしれぬが、マニュアルは多いし、実に多種多様な機能が付いている。そこらの一般家電なぞ優に凌ぐ量である。

 このコンパクトさにして、この機能だったら、さぞかし重宝であり、生活への影響度も大きいことであろう。
 この大きさと重要度は、かつて仏壇に安置せられた先祖の位牌が日本家庭において果たして来た役割を類推させ、彷彿させるものである。
 かつて「先祖の位牌が無いと生きて行けない、先祖の位牌が命、地震が起きたら真っ先に位牌を持って逃げる」などとという人達が居たように、「携帯が無いと生きて行けない、携帯が命、地震が起きたら真っ先に携帯を持って逃げる」などと言う人もきっといることであろう。

 僕もついに携帯を携えるようになってしまったが、あくまでもツールとして有効に使って行きたい。
 位牌が無くとも先祖を敬うことができるように、携帯が無いと何かができなくなる失われる、というように携帯に管理され振り回されぬよう、今まで通りのペースでいきたい。

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