Monologue2001-44 (2001.7.20)

「2001.7.20(金)」晴・移民の歌

 イソップ童話に「蟻とキリギリス」というのがある。
 そこでは蟻は勤勉であり(洒落じゃないすよ)、キリギリスの放蕩ぶりと対比され、さも美徳であるかのような描かれ方をしている。
 しかし私モテナイ独身エトランゼの生活空間において、この蟻共の勤勉さが時に横暴さに代わり、その時と場をわきまえないヤツラの横行に、ほとほと参ってしまうという事態が発生した。

 この物語はそんなキリギリス的モテナイ独身エトランゼと勤勉な蟻達との壮絶かつ哀愁の死闘の記録である。

●1日目
 ある日の夜のこと、帰ってきて部屋の電気を付けたら、絨毯の上に茶色くて細長い線が描かれていた。
 細いが、長ーく揺ら揺らとうごめいている。
 「へえー、細いのに、こんなに長くて、奇麗じゃん、・・・って、オイッ!!」

 なんとそれは蟻共の行列であった。
 朝出がけにハムクロワッサンなる菓子パンを食べたのであるが、時間が無く、その空き袋をそのままそこに置いといたら、帰ってみると、このざまであった。
 袋には本当にほとんど何も無くて、残りカスしか無いようなゴミなのであったが、その僅かなパンカスに群がっていたのであった。それも部屋の真ん中にあって当然サッシも締め切っているのに、どこからどう入ったのか蟻共はわざわざ遠路はるばるとパンカスの匂いを嗅ぎつけてやって来ていたのであった。
 一体どこからこんなわずかなパンカス情報を入手したのか、驚き呆れてしまうばかりである。

 そういえば、つい先日玄関先で蟻の大群の大移動を発見し面白そうだったので、しばらく観察した後、角砂糖をくれてやった。もしかして、それに味をしめたのであろうか?。この家には食料がある、とでも判断したのであろうか?。
 そう考えると、僕はどうもやり切れない「恩を仇で返された」ような気分で一杯になってしまった。

 驚きと落胆とで、ちょっとへこんでしまったが、とりあえずブツクサ言いながらも、僕はヤツラをひとまとめにして、外へ掃き出してしまうことにした。
 まだ残党の蟻がそこらに数匹残っていが、とりあえず放っておいた。
 そしてその日はそのまま就寝した。

●2日目
 そして翌日。
 帰って部屋の電気を付けたら、絨毯の上に茶色い細長い線が描かれていた。
 細いが、長ーく揺ら揺らとうごめいている。
 「へえー、細いのに、こんなに長くて、奇麗じゃん、・・・って、オイッ!!」

 まーたかよ・・・。今度は何?・・・。
 良くわからんが、次第にムカツイてきたので今回は思い切って掃除機で一匹残らずヤツらを吸い取ってしまった。
 これでもう大丈夫だろう・・・一先ず安堵のため息が出る。

 ところがである。
 しばらくすると先程一匹残らず吸い取ったばかりだと思った純痰の上に、また蟻共が沸いてきているでは無いか!
 そう!。
 なんと沸いて来ているのである。
 どうやら絨毯の下から出てくるらしい。
 吸い取っても吸い取っても次々に出てくる。
 切りが無い。まさにこれは蟻の地獄、蟻地獄である。
 ヤツラにはどうも侵入経路が確定しているようで、いつのまにか勝手に外からの道を開発していたようである。
 僕の部屋には床にできたわずかな隙間から侵入して来ていたようである。

 僕はイソップの「蟻とキリギリス」の寓話を想い出し、その説教臭い傾向とあいまって、蟻共にあからさまに嫌悪の情が沸いて来た。
 「てめえら勤勉もほどほにしろっ!そんなにエサが喰いてえかっ!働きものって言ったって、してえのは結局喰うことだけじゃネエかっ!」

 どうもこのところ僕と昆虫とはシックリきていない。
 今後彼らとは和解する日というものが果たしてくるのだろうか?
 今の僕には彼らの横暴を黙って見過ごすことは到底できない。
 このままではモテナイ独身エトランゼの庵も「虫の館」と化してしまう。
 これでは只でさへ寄りつかない女性も益々寄りつかなくなり、一向にモテナイ傾向は改善されることが無くなってしまう。

 部屋の真ん中では相変わらず蟻共が、餌を探しているのか何なのかわからぬが、ウロウロうろつき回っている。
 こちらはそろそろ布団を敷きたいのであるが、蟻共が邪魔で敷くことができない。
 最初はその内餌が無いから帰るだろうと放っておいたのであるが、蟻共は一向に帰る気配も無い。

 僕の部屋は自慢じゃないが狭い。もういろんな物が溜まっていて置くスペースが無くなって来ている。
 だから少しでもスペースの余裕が欲しい。
 時に本の山がビデオの山の前に来てしまい、ビデオが取り出せなくなる。
 しかしこんな非常時はお互い様だからと、狭いスペースをひしめく様にエロビデオも含め皆(?)肩寄せ合って積み重なっている。
 戦時下の非常体勢、などという言葉も彷彿される。
 それくらい只でさへ狭い部屋に、今まではエロビデオも含め皆(?)寄り添うようにして生活していたのである。

 それを、である。
 今その狭いスペースの真ん中を思いっきり使いまくって、蟻共が何をしたいのかウロツキ回っている。
 中には只うろつき回るだけで、何をしたいのかサッパリわからぬような輩もいる。
 働きもん、などと言うが、時間もわきまえず人の部屋に勝手に押し入って、うろついてるだけのヤツらの一体どこが働きもんなんだと、次第次第に怒りが募ってきた。
 蟻に付き合って布団を敷かないでいたら夜が明けてしまいそうである。
 ゴキブリなどの他の連中のストレスで近年夏の自宅での夜が全く寛げないでいる僕に、そんな余裕も気力もサラサラ無い。

 時折僕の足に登ってくる不快な連中がいたり、彼らかどうかわからぬが、唇が原因不明のかぶれものができてきたりした。おそらく寝転んでいる内に彼らに噛まれたようである。
 蟻の撤退を待っていた僕も、仏の顔も三度では無いが、ついに怒りが爆発した。
 「てめえら!、な〜にが、働きもんだあ〜っ!!」
 僕は再度掃除機を持ち出し彼らを一気呵成に吸い込んでしまった後、その上から布団をドサッとかぶせた。
 こんなことをしたところでヤツラの「働き」は、まだ続くのであろう。
 しかしヤツらに毎日真面目に向かい合っていたら、気が狂ってしまいそうである。
 とりあえず今日はこのまま寝てしまい、明日は絶対「蟻フマキラー」攻撃を開始する!、そう意気込んで寝床についたのであった。

●3日目
 今日は朝から憂鬱であった。
 おとといほどの数では無いとは言え、今朝も蟻共がいつもの場所をうろつき働いていた。
 おそらくこれからも良い漁場として、僕の部屋を使用し、働き者の彼らの「職場」にしようとしているのであろう。
 帰ったら又彼らが部屋の中を縦横無尽に駆け回っている姿を想像すると、かなりのストレスを感じた。
 只でさへゴキブリやムカデが出るかどうか不安な毎日を過ごしているのに、その上蟻にまで荒らされてしまったら、もう僕の狭くるしい部屋では全然落ち着けない。これで最近は夜自分の家に帰るのが少しづつ嫌になりかけているくらいである。

 こんな状況を打破する為、今日こそ思い切った作戦に出るしか無い、そう心に決めていた。
 話し合いなどで解決する問題では無い。
 あるのは徹底抗戦のみである。
 横暴な侵略を受け、黙って言いなりになっているわけにはいかない。

 僕は仕事帰りに地元の駅に着くと、真っ先に薬局へ向かった。
 もちろん買うのは「蟻フマキラー」。
 僕は早速「蟻フマキラー」を手にし、ノルマンディーに上陸する連合軍の如く、部屋に着いてからの戦略を考えながら家路を急いだ。

 帰って部屋の電気を付けると・・・、
 確かにヤツラは、まだいることはいたが、昨日までの量では無かった。
 こちらは完全武装・徹底抗戦の臨戦態勢であったのだが、いささか拍子抜けしてしまった。
 しかしながら、又いつ彼らが大量発生してくるかわからない。
 僕は彼らの入って来たと思われる床の隙間と、未だ右往左往している彼らの残党めがけて「蟻フマキラー」を噴射した。
 彼らはあっけないほど一瞬で静かになっていった。そして・・・

 その後意外なことに少しづつ僕の心境が変化して来た。
 一発でおとなしくなっていってしまう彼らを見つつ、僕は何か後味の悪いやりきれない思いが沸き起こってきてしまったのである。
 そしてふと、なぜここにきて急に彼らが大量発生したのだろう?、そんなことを考えてみた。
 そう言えば思い当たる節も無いことも無かった。

 最近僕のアパートの隣に、また新しいアパートができた。
 その他にも近所では林を伐採して新しい宅地が造成され新しい家が出来てきている。
 10年前はそこそこあった緑も大分減ってしまった。
 もしかして、彼らは、そうした造成作業の折りに自分達の巣を追われてきたのでは無いだろうか・・・?
 それで開発で山を追われた動物が山里の民家に降りてくるかの如く、僕らのアパートまで進出してきたのでは無いだろうか?

 仮にそうじゃなかったとしても・・・。
 そう言えば僕は彼らの方が侵略して来た、などとずっと思っていたが、「どっちが最初からここに住んでいる」という話になったら、実は最初からいるのは彼らの方で、後からやって来てのうのうとそこに住み着いてしまったのは、何のことは無い、僕らなのでは無いのだろうか?。
 僕等は昔白人がインディアンにした過ちを今犯そうとしているのでは無いか?。
 そう考えると途端に複雑な想いに駆られた。

 今の僕は、彼らと平和共存することはできない。
 かといって彼らの為に、ここから出て行ってやることも出来ない。
 結局こうすることしかできないのか・・・?
 そんな切ない想いに駆られながら、すっかり彼らが鳴りを潜めた狭い部屋の真ん中で、僕はただひたすら殺虫剤を握り締めているのであった・・・。

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