「2001.3.18(日)」雨後晴・御中
御中。おんちゅう。
僕は御中自体を責めるつもりは無いが、全く御中程、今その存在意義を見直さなくてはいけないものは無いのでは無いか?と思う。 特に企業等からの返信葉書や封筒等に書かれた「〜行」を「御中」に改める作業というのは、かなり一考を要する改善要事態では無いかと思う。いや一考どころか最低3.5考乃至は5.5考位はしてもらいたい。 あの作業ほど今や形骸化してしまった作業は無いように思う。
個人が1社か2社宛てに出す書状を改める位なら支障はそれ程無いかもしれないが、企業などのように大量に郵便物を扱う所では、この事務作業も馬鹿にならない。
御中は尊敬の意を含んでいるが、こうなると誰に敬意を払っているのかも良くわからなくなってくる。
考えて見ると返信用の宛名に「〜行」と謙遜、というより卑下してくる企業も、何もそんなところで卑下することは無いのに・・・とも思う。もっと堂々としてればイイのに、と思う。どうして卑下したっ!!と逆に津川雅彦風に追求したくもある。
こんな風潮を見兼ねてか最近では、もう開き直って、最初から返信用封筒に「御中」と銘打ってくる大胆な企業もあるのである。実に勇断、英断であり、見習うべき態度である。 てゆーかー、最初から「御中」なら「御中」、「行」なら「行」で統一すべきなのでは無いか?
しかしこういう提言は一体、誰に言えばいいのであろうか?。
一体日本全土に「御中を使ええ〜!!」と御中使用を決め、その管理をしているのは、いずこの団体・機関・人物なのか?
今日は文中に?が多かったですな。 |
「2001.3.17(土)」雨・アウトサイダーと歴史
人は年をとると「近頃の若いもんは・・・」などと言いがちになるようであるが、私モテナイ独身エトランゼに限って言えば、最近あまりそういう思いになることが無い。
それを考えてると最近もしかして、僕はかなり社会的に駄目な人種に属するんじゃないだろうか?と不安になってこなくも無い。それも最近わかってきた、というのが遅すぎんじゃないか?という気もしないでも無い。
これは、もしかしてアウトサイダー?
徒然草の作者の吉田兼好なども、徒然草を読むと随分俗世を忌み嫌っていたようなニュアンスが受け取れるが、ああした一種のアウトサイダー的人も、あれくらいのレベルになれば、後世にまで名を残せるんだな、と少しは慰みにもなる。 要するにアウトサイダー的な生き方をしても、それで良いんだと、歴史が言ってくれる。
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「2001.3.16(金)」晴・果報は寝て待て
良いことがあった。大変良いことがあった。
一方モテナイ独身エトランゼの良いことと言ったら、そういう善良なる市民の方の善良な良いことに比べたら「良いこと度」のレベルは相当低レベルであろうと指摘されても何ら反論はできない。
もちろん「モテタ系」の話と言ったってモテナイ独身エトランゼのことであるから高は知れている。
それは電車の中で起った。
電車が来たので乗り込む。結構な混みである。
電車が出発し、しばらくして電車が少し揺れ僕の回りにもわずかなスペースが出来た。 その直後である。
つまり僕の背後少し右後ろに女性が僕と同じ向きで位置することになったのである。 ここまで来るともう僕が何を言いたいか、ほぼお分かりいただけたかと思う。
なんと彼女は貞子であった・・・いや失礼。
そう、アレですよ。
アレが当たると男性陣は、ハッとする。
ところで当たって確かに嬉しいのではあるが、こちらの対応策にはホトホト困る。
ところが顔は気づかぬ振りをするのであるが、他の部分で本能的に暴走しがちな性格の部位があり、その彼の対処にはホトホト困る。
もうこんな時は車窓でも涼しげに眺めつつ我慢するしか無い。
まあ、幸い、なのか非幸いなのかどうかわからぬが、次の駅で降りなくてはいけなかったので、この至福の状況は一時期のわが国の政権の如く短命政権で終わった。
さて、こんな本日の至福の状況であったが、最後の結論として手前味噌になってしまうかもしれぬが、僕は普段モテナイ独身エトランゼという悲しい身分に甘んじ大人しくしていた為に神が見兼ねて与えてくれた、ご褒美だと思っている。
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「2001.3.15(木)」晴・ジャンバラヤ
僕が初めて自分の小遣いで自分で買いに行ったレコードは、カーペンターズの「ジャンバラヤ」というレコードであった。
小学校6年の時だったと思うが、当時卒業生を送る会だったか、学芸会だったか、何かそういう学年全体の催し物が有り、それにクラスの中でいくつかグループを作って出し物をするということになった。 僕は仲の良い友人2人と計3人で仲間を組んだ。
それから早速友人の家に集まり、催し物の練習をすることになった。
「シング」のサビの部分は友人の発したサンプル音とは全くの別物であった。
今考えて見ると、おそらくこの「シング」でカーペンターズに開眼し、とにかくカーペンターズを、ということで、偶々店にあった「ジャンバラヤ」にまで至ったのでは無いかと思われる。
ついでに友人と発表したネタのお話しをするとハッキリ細かいことは覚えていないのでざっとで申し訳無いが、簡単に言うとまず3人でそれぞれ「シ」「ン」「グ」と書かれたパネルを持つ。その裏にはそれぞれ「オ」「ワ」「リ」と書かれている。
昔のことで良く覚えている事というのは、今でも人生に大きく影響を与えていることなのであろう。
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