Monologue2001-13 (2001.3.1〜2001.3.5)

「2001.3.5(月)」晴・波涛を越えて

 僕が小学校の時に下校前に掃除の時間というのがあり、その時に学校放送でBGMとして流していたのがクラシックのワルツでメキシコの作曲家フベンティーノ・ローザスの「波涛を越えて」という曲だった。
 この曲は言ってみれば一発屋的通俗的な名曲であるけれども、それが少年時代の記憶に結びついているとなると、曲の客観的な質の善し悪しを越えて、自分にとってとても意味深い曲になってくる。
 曲としての質も高く思い出も深い曲であれば第一級の名曲と言えるかもしれないが、僕にとってこの「波涛を越えて」などは、名曲云々とは全く違う価値観において確固たる好きである理由が存在する個人的な愛聴曲である。人には誰しもこういう曲があるかもしれない。

 この曲の思い出を今振り返ってみた。
 確か小学校4年生の時だったと思うが、校内の放送委員というのに仮任命された。
 ちょっと詳しく思い出せないが、任期が1月からの3学期の間だけだったと思うので何か暫定的なものであったようである。おそらく5年生からが本任期で4年の間は準備期間のようなものだったのかもしれない。

 僕はクラスの仲の良い友人と2人で放送委員になった。
 放送室に行くと、そこには一年先輩の、つまり5年生の女性2人がいた。
 こうして放送委員は、この4人体勢でしばらく運営されることになったわけである。

 この委員会が実に楽しかった。
 女性は当然年上であったが、そこは子供なので上下関係など全く気にせずしょっちゅう彼女達を茶化していた。
 女性もそれを楽しんでいたのでは無いかと思う。
 掃除の時間には放送室に行き、この「波涛を越えて」をかけるのが日課であった。
 その他にも下校時にはドボルザークの新世界の第二楽章をかけたりもした。
 
 そして5年生になり本格的に委員を決定する時期が来た。
 ところが僕はたぶん立候補すれば確実になれたはずなのに、なぜか放送委員にはならなかったのである。
 放送委員は何かとイベントなどにも借り出されるので何か特別な特権階級みたいな雰囲気もあった。
 それに女性と暇があればハシャゲルのだから、今の僕なら絶対にオイシイ仕事だと思って飛びつくであろう。
 先輩の女性2人はもちろん継続し、クラスは別れてしまったが4年の時に一緒だった友人も継続した。
 結局4人の内僕だけが放送委員を続けなかったのである。

 もちろんやりたくなかったのでは無い。
 今考えるとなぜやっておかなかったんだろう?と後悔している。
 代りに何かほとんど仕事も無いような、もう内容も覚えてもいない無難な委員をやった記憶がある。

 今考えると子供のくせに何て馬鹿げたことを考えていたのだろう、という気もする。
 放送委員がとても楽しいもので、それは女性の先輩とまあ言ってしまえば遊べるという楽しさもあり、そこには当然ほのかな恋心にも似たものがあったかもしれない。それ故あえて、またその楽しい委員を継続する、ということが照れ臭くなぜか男としてのプライドが許せなかった、みたいなのがあったような気がする。変にカッコつけていたようである。
 それからたぶん放送委員は、当時の他の委員に比べても断然楽で楽しく、それをおそらくクラスの友人に吹聴していたのかもしれないが、その楽しい委員を自分だけが独占するなんてイケナイんでは無いか?などという変な気をクラスの他の男性に回していたような気がする。

 こうして僕はこの特権を誰かに譲り放送委員から離れていったのだが、当然4年で一緒にやった同僚の友人からも何で継続しなかったんだ?と責められ、女性の先輩からも同じように言われた。

 結局この件がキッカケになったと思うが2人の女性の先輩とも疎遠になってしまった。
 別に以前と変わらずに接していれば良かったはずが、たぶん「オレはもう放送委員からは足を洗ったんだよ。だからあんた達とは縁が無いのさ」みたいな、世捨て的な投げやりな簡単に言えば不貞腐れたような態度になってしまっていたのだと思う。全く馬鹿なポーズを取っていたもんである。

 今思えばこの頃から、どうも本意で無い道を選択してしまうような変なクセがあったようである。
 今「波涛を越えて」を聴きつつ、自分には素直に生きよう、とつくづく思うのである。

「2001.3.4(日)」雨後晴夕立・見て楽しむ

 スポーツ観戦においては、試合内容そのものも楽しみであるが、選手の表情などを追って行くのも時に面白い。

 例えばサッカーなどでゴールを決めた選手は、直後雄叫びを上げながらグランドを走り回ったりするが、中には一見歓喜の表情とは見えないような表情をする選手もいる。
 あまりの喜びからなのか何かわからぬが、どうも悲しく切なげな表情にさえ見えるような顔をする選手もいる。
 こんな感じの顔どっかで見たことあるな、と思いよくよく思い出してみたら、そう言えば犬がウンコする時の表情に酷似している、ということに思い当たった。
 確かにウンコをする際というのは「もう間も無く来るであろう至福の瞬間直前の苦しみの表情」になる為、ゴールを決めた瞬間も来るべき歓喜爆発直前、という事情から、ウンコ排出時の表情と同類の顔になるのかもしれない。

 ついでなので又サッカーを引き合いにするが、PKの際、たまに選手越しにバックのスタンドが入るようなアングルで映像を流す時がある。
 その際画面を良く注意していただきたいのであるが、シュートが外れた瞬間とほぼ時を同じくして必ずスタンドの観客の内数人がパッと上方向に顔を上げる映像が映る。
 これはその瞬間に空に突然未確認飛行物体が現れた、という訳では無いようである。
 どうやらシュートが外れたことの悔しさのあまり、天を仰ぎ見ている人のようなのである。
 さぞかし悔しかったのであろう。観客のセリフまでは放映ではわからぬが、さしずめオーマイゴッドか何かを叫んでいるのであろう。
 この事例は必ずPK失敗の際、2、3の事例が確認できるので次回良く注意して見てほしい。

 ついでなのでもう一つ、サッカーでは「オウンゴール」というのがある。バスケでもたまーにあるが、バスケの場合のオウンゴールは、まあそれ程重くは無い為、後で珍プレー、などとして結構ギャグになる程度で終わる。
 ところがサッカーのオウンゴールは非常に重い。ズッシリ重い。バスケのオウンゴールなどとは比較にならない位重い。
 本当に気の毒なくらい重い。
 瞬間にいろんなものが、ササーっと遠ーくに引いていく音が聞こえてきそうなくらい重い。
 選手にとっても、これ程切ない瞬間は無かろう。
 夢も希望も全て打ち砕かれる、という気配すら感じられる。
 人生ゲームでゴール直前「ふりだしに戻る」みたいなもんである。ある意味それ以上のショックかもしれない。
 サッカーでの「オウンゴール」は根本的に何か別物なのだろう。
 「オウンゴールの悲しさ」で一本ドラマでも作れそうな位哀しく切ないゴールである。
 「オウンゴール」が出た後の各人の様々な複雑な表情を追って行くのも時に感慨深いものがある。

 それからスポーツ全般に渡って、世界選手権などで世界中の選手の名前を目にするが、正直申し訳ないけれども笑ってしまう名前などがあるのも面白い。
 例えば、結局又々サッカーで申し訳無いが、先のワールドカップのクロアチア代表選手などの名前で、アサノビッチ、ビリッチ、シミッチ等の「ッチ衆」などの名前は非常に面白く興味をそそられるものがあった。
 アサノビッチなどはいかにも日本人にも親しみ易い名前であるが、類似例としてスズキビッチ・タナカビッチ・コバヤシビッチ・・・等と無限に作れそうな気がする所もいとおかしい。
 アサノビッチでなくともビリッチ、シミッチだって親しみやすい。
 類似例でボケッチ、カスッチ、ゲロッチ、ダメッチ・・・等無限に作れそうな気がする所もいとおかしい。

 かようにスポーツ(結局本日はサッカーの事例に終始してしまったが)はオプションの事象でも結構楽しめる、優れた娯楽であることがおわかりいただけることかと思う。

「2001.3.3(土)」曇・フォークソング

 TBSのブロードキャスターという番組を見ていたら、最近フォークソングに回帰するオヤジが増えている、という話題を流していた。

 僕は単純に、とても良いことだと思った。

 僕は若い頃、自分が大人になり年を重ねていくにつれ、どんな音楽を聴くようになるのだろう?と考えたことがあり、ある友人などは、演歌でしょう、みたいなことを言っていたものもいた。

 僕個人的には、やはり青春時代に聴いたような音楽を懐かしみつつ母体として聴くのでは無いか?という気がする。
 だからきっと今のオヤジさんも、また自分達の世代の歌であるフォークを取り戻しているんだな、と感じた。

 やはり人はいつでも音楽を忘れないでいてほしい、特にオジサン達には、とさえ思う。
 音楽市場はどうも若い人向けで、オジサンはどうも肩身の狭い思いでいたかもしれない。
 今やオジサンは現実生活に打ちのめされ夢も捨て干からびちゃったかとさえ思っていたが、今日のこの話題で、やっぱりオジサンも歌が欲しかったんだな、と思えて安心した。

「2001.3.2(金)」雨後晴・疾走する美少女

 オリコンのホームページにプッチモニの新曲「BABY!恋にKNOCK OUT!」のレビューが載っていた。
 どなたの記述かわからぬが、その冒頭のフレーズに「疾走する美少女は神々しくさえある。」とあった(ここでの美少女とはヨッスイ=吉澤ひとみと、ゴッツアン=後藤真希らしい)。

 このフレーズ一読で気に入ってしまった。
 僕が日頃彼女達に感じていた気分を的確に表現してくれたようで、思わず村田英雄調で「うむ。言い得て妙」と唸ってしまう言い回しなのであった。

 あまりにも気に入り「疾走する美少女は神々しくさえある。・・・クッ、確かに」などと、このフレーズを何度も何度も声に出して一人悦に入っている自分の間抜けさに気づき、つい一人失笑してしまう程であった。

 神々しい・・・美少女・・・から連想されて来る言葉は、そう「巫女」である。
 巫女は神の意志のままに仕え、時に舞い踊る。
 僕らをエンターテインし元気を与えてくれるモー娘は、確かに現代の「コンテンポラリー巫女集団」では無いのか?という気もしてきた今日この頃なのであった。

「2001.3.1(木)」雨鎌倉街道、御無体な

  MXTVの「鎌倉街道夢紀行」という番組が現在木曜夜に放映されているのであるが、それが何と日曜の夜に放送時間帯が変わってしまうらしい。関係無い方には全くどうでもいいことと思われるが、僕にとってはこれはとても辛い試練である。
 この欄でも良く書いているが、最近鎌倉街道づいていて、この番組は毎週楽しみにしていたのである。

 それが「鎌倉街道夢紀行」は、あろうことか今度はテレビ東京の「MUSIX」という番組の裏に入って来る。
 この「MUSIX」何を隠そうモーニング娘。の貴重なレギュラー番組なのである。

 折しも実は今ビデオの調子が悪く、裏番組を録画するということができない。

 モー娘か?鎌倉街道か?という、ハムレットも事の重大さに図らずも尻込みしてしまうかのような、とんでも無い究極の選択を迫られることとなってしまった。

 僕は散々苦悩した結果、ここでサイコロ神の御神託を仰ぐことにした。
 1が出たら鎌倉街道、それ以外はモー娘、そういう神のお告げがあったので、それに従ってサイコロを振ることにした。
 これでは鎌倉街道があまりにも不利では無いか、というご指摘を受けそうだが、神のお告げだから仕方ないのである。仕方ないったら、仕方無いのっ!!
 そして出た目は「3」であった。
 僕は鎌倉街道に申し訳なかったが、泣く泣くモー娘を選ぶこととした・・・。

 ・・・とまあ、若干冗談混じりに書いたが、最近の「鎌倉街道夢紀行」は東京埼玉を離れたので、もしかしたら、この一件で僕にとって縁が有りそうな鎌倉街道筋は、東京・埼玉近辺に絞られてきた、ととれるかもしれないとも見ている。

 話は全然変わるが、テレビ朝日の「お前の諭吉が泣いている」にチョッピリ感動してしまった。

back to ●Monologue Index

back to●others

back to the top