「2001.1.30(火)」晴・至福のレジに至る悲哀
ラジオの周波数等を正確に合わせるのが時に難しいように物事のタイミングを正確に合わせるのも難しい時があるもんである。
普段女性と接触する機会の滅多に無いモテナイ独身エトランゼにとって、カワイイオネエチャンと少しでも遭遇できるタイミングがあるのなら、なるべくそれには前向きな姿勢でタイミングを合わせていきたい。出来得る限りの努力を惜しまずそれに望んでいきたい。
モテナイ独身エトランゼは、そのライフスタイルの性格上コンビニエンスストア通称コンビニ(いちいち説明するまでもないか)を利用することが多い。
こうコンビニ利用も長くなると、この時間に行くと誰がレジにいる、といったような地域密着系掲示板ネタ系の情報も身について来たりする。
そうするとごく自然に、この時間に行けばあの子に会える、この時間ならばアッチのコンビニにあの子がいる、というようなノリにもなってくるものである。ごく自然にだからね。あくまでも。
しかしその時間に行ったからと行って、必ずしもお目当ての子と接触、つまりレジで清算してもらえる訳で無い。
お目当ての子にレジで清算してもらう為には、結構泥臭くも哀しい努力が影では行われているのである。
* * *
さて、ではどんな下らない、あっ、いや違った、失礼、どんな血の滲むような努力を僕がしているか、これからお話しするが、話のスムーズな展開を考慮し、今日は僕も比較的利用するケースの多い、某メジャーコンビニに勤務するNさんへの接触を例にとりお話ししたい。
このN嬢、詳しい素性はもちろん全くわからない。もしかしたら既婚者かもしれないが、とりあえずなぜ僕の目に止まったかと言えば、ショートカットだからである。
華奢で全く垢抜けておらず、お世辞にも決して美人とは言えないが、持っている雰囲気がすごく良い。シャベリに少し訛りが有り、都会ではもう絶滅してしまったかと思われるような牧歌的な雰囲気があり、ホンワカしたやさしいところが実に魅力的に感じる女性なのである。
N嬢は午後から夕方にかけて良く見かける。たまに男性店員と仕事をしているが、大抵はオバチャン店員と同じ体制で仕事をしていることが多い。
この店においてはレジが2つある。
N嬢とオバチャンの2レジ体制においては、もちろんN嬢レジに並ぶことを心がけている。
しかしこれが結構スムーズに行かない場合もある。
タイミングによってはN嬢レジに並ぶのが極めて不自然になる時がある。
「えっ?今そっち並んじゃダメでしょ」と欽ちゃん風に言われそうな時がある。
例えばN嬢レジに人が並んでいて、オバチャンレジがあいている時などまさにそうである。
このようにうまい具合にタイミングを図ってN嬢レジに着くのは難しい。買い物をしつつも時々レジの状況をチエックする作業も必要になる。時には飲料水用のウインドウのガラスに反射しているレジの様子を確認する、などという高等テクニックを要する作業も必要となってくる。
* * *
店が空いていてレジも暇そうな状況であれば、割合堂々とN嬢レジに向かって行ける。
ところがこの場合も落とし穴があるのである。
店が空いている時は、コンビニは店内の商品整理というか在庫整理をするケースが多い。
これでオバチャンがレジに残ってN嬢が商品整理に回ってしまうことがあるのである。
N嬢がレジに戻るまで週刊誌を見つつ時間調整をしたりするが、なかなか戻らない。のみならず商品補充車が来たりして製品が搬入されN嬢の在庫整理作業は、一層その激しさを増してきたりする。
こんな場合はもうスゴスゴと諦めてオバチャンレジに並ぶしか無い。
店も暇で商品整理も無くN嬢もオバチャンもレジ番の場合は、ようやくかなり高い確立で接触できることになる。
しかしその際だってくれぐれも気をつけなければいけないことがある。
それはN嬢レジへの「ルート選定」問題である。このルート選びは極力不自然で無いように行いたいもんである。十分注意して時には注意しすぎるくらい注意するくらいの心持ちで行いたい。
ちなみに「ルート選定」問題というのは、購入品を選択終了しいよいよ清算という段階になった際、N嬢レジに自然に近づくのにどのルートを選定したら良いのか?ということである。
N嬢のレジ配置状況によって、最後に選択した買い物をうまく考慮しなければいけない。
例えばコンビニ店内レイアウトは週刊誌のおいてある並び、飲料水のある並び、などと別れているが、2つレジがあると仮定した時週刊誌側のレジにN嬢がいて、飲料水側にオバチャンがいる場合は、週刊誌を最終カゴ投入しなければいけない。これは鉄則である。くれぐれも反対側の飲料水を最後にしてはいけない。
どういうことかというと、最後に飲料水をカゴに投入し、そのまま自然の流れでレジに行くと、まず近いのはこの場合オバチャンレジなのである。それをオバチャンを無視していきなりN嬢の方へは並ぶことはできない。いくらN嬢を慕っているとはいえ、これはモテナイ独身エトランゼの紳士的な品格を汚す行為である。レジ歴?年のオバチャンのプライドも傷つけることになる。これはモテナイ独身エトランゼ界においては決してやってはいけない行為の一つなのである。ちなみにこれを犯すとモテナイ刑が更に10年伸びることになる。
一方これが週刊誌側のラインからN嬢レジに向かっていけば、全く自然な感じでオバチャンのプライドを傷つけることもなく正々堂々とN嬢レジで清算してもらえる(どこが紳士的なんだか・・・)。
その為には、この場合は最後の最後に週刊誌をカゴに入れ、レジに向かわなければいけない。
もちろん必ずしも週刊誌を買わなくても良い。買うつもりが何ら無い場合は「あっ、そういえば、あの雑誌出てたっけかな?」などというような素振りを見せつつ週刊誌棚に近づき、そこで「えーっと」などというような演技を入れ一通り週刊誌棚を眺め回す。そして「やっぱり、無いよな。そーだよな。今日は発売日じゃないもん」などというような演技も更に挿みつつ、最後の締めは「どうも去り難いが、ま、仕方が無いな」というような感じで、できればハーッなどとため息などもつきつつオモムロにN嬢レジに向かっていけば良い。
この場合、この演技の最中、N嬢レジに別の客が入られては元も子も無いので「週刊誌無いなあ」などというトボケタ演技をしつつも、終始N嬢レジに客が入るかのチエックは緊張感を持ってゴルゴ13のように虎視眈々と遂行しなくてはいけない。一瞬足りとも気を抜いてはいけない。
反対に週刊誌ラインでない場合、飲料水棚ラインにN嬢レジがある場合も基本は同じことになる。
飲料水を買わない場合も、最終の飲料水存在有無確認は不可欠な作業である。
ところでこれらの演技、ことによっては誰も見ていない可能性のある哀しい演技になり得る。むしろその可能性の方が遥かに高い。
N嬢に近づく為に、こうした儚く哀しい努力(無駄な努力との意見あり)が日夜市井のコンビニにおいても人知れず行われていることは誰も知る由もない。
こうしたN嬢レジにスムーズに行く為の「最終の微調整」というのはコンビニの買い物には欠かせない作業なのである。
しかし毎回、こんなことをしていると「アンタいっつもNさんとこだね」と怪しまれる可能性がある。N嬢に感ずかれるなら救いはあるが、これが他の男子店員や店長だったりしたらマズイ。
そこで数回に1回くらいは、N嬢が空いているのに泣く泣く別レジへ向かう、などという細かい芸当を入れたりする必要もある。
実に哀しい、と言えなくも無い。
* * *
そういえばこんなのもあった。
店が空いていてN嬢とオバチャンの2レジ体勢の中、オバチャンの方が「レジ停止中」の札を出し在庫整理に向かった。
つまりもうN嬢レジしかない。これ以上正々堂々といける機会は無い。
これはグッドタイミング、今日はN嬢レジは揺るぎないものだと確信し満面の笑みでN嬢レジに向かおうと近づいた次の瞬間、突然一人の女性が疾風のように店に飛び込んできて、今まさに天の川の向こうに居ますオリヒメ(N嬢)の元へ向かわんとしているヒコボシ(一応僕のことなんですが)の前に入り込んで来た。
な、何ーっ!一体何が起ったんだーっ!!(僕の心の中の叫び)。
僕の頭の中で、今し方目の前で起った信じられない瞬間の映像がスローモーションのように再現される・・・「えーぬーじょーおー、いーまーそーっちーへー、いーくーかーらーねーー、(ここである女性疾風の如く割り込む)・・・な!なにーっ!!、だだ、だーれーだー、おーまーえーはー!!」みたいな。
その女性はどうやら公共料金を支払いたかったらしかった。ま、それなら何も買わずにイキナリレジに並んでも仕方なかろう。それに若い女性だったので、ま、いいや、と思い、その女性の後に並び順番を待つことにした。
ところがである。
ここで僕に不吉な予感がよぎった。
そしてあろうことか、それはすぐに当たってしまった。
在庫整理をしていたオバチャン店員がN嬢レジの停滞状況を察知し、なんとレジにカムバックしてきたのだ。
オバチャン店員は元気に「いらっしゃいませー」などと言ってレジに近づいてくる。
ああー、またも僕の目論みが脆くも音を立ててくずれていく・・・。
僕はうまい具合にオバチャンレジに別のオッサン客でも並んでくれないかと祈った。しかしこんな時に限って、うまい具合に並ぶヤツはいない。
オバチャンはレジに入り、すっかり準備体勢を整え、僕に向かって最後通告を宣告した。
「こちらへどーぞー」
ああーオバチャン・・・もうー。
僕は「N嬢のとこで清算したいのっ!!プーッ!!」とも言えず「そっすよね、確かにそっす」などとつぶやくともなくブツブツつぶやきつつ、仕方なく一生懸命バーコードなんぞをチャッチャカやっているN嬢を横目で見つつ、項垂れながらオバチャンレジに並ぶのであった。
* * *
店が空いてて尚且つようやく晴れてN嬢レジで清算できた時は、ついに至福の時がやってくる。
この場合清算作業がなるべく長引くように、こまかな品物を数多く買うのが良い。
「チロルチョコレート」などという単品で売っているミニお菓子などを数個混ぜてみるのも良い。
僕はN嬢の品物を取り出すか細い手を見つめつつ、値段を呼称する訛りのある柔らかな声を聴き、ポワーンとした暖かい心持ちで満足な気分に浸る。
時にN嬢が「お弁当温めますか?」などとクリっとしたつぶらな瞳で尋ねて来る。僕も思わず視線を合わす。
「お、お、お願いします」
・・・こんな至福の時であるが、大抵必ず壊すヤツが出て来る。
僕はタイミングが良いのか悪いのか良くわからぬが、空いているコンビニに入るとその後途端に混みだしてくる、という妙な因縁づいている。
僕とN嬢の二人だけの至福を満喫している時に限って、急に客がドヤドヤ入って来て混みだし、のみならず何か緊急の用か何か知らぬがソワソワした様相のクソオヤジが僕の後ろについて早く清算するようプレッシャーをかけてくる。
ここで僕が、隣に並びゃいいじゃねえかよ、と心中ムカツくのは言うまでも無い。
N嬢も混みだしてきたので清算のペースを速める。
僕も後ろが気になりだして来て、非常に居心地が悪くなる。
僕の理想的な至福の時は、最後のお釣りを受け取る瞬間にN嬢の手と僕の手が触れ合い、そこで初めてその完成を見るのである。
しかし後ろのイライラクソオヤジのせいで、この状況ではそんな悠長な気分に浸っている雰囲気では無くなり結局取る物も取り敢えずでは無いが、お釣りもガサッと受取り足早にN嬢レジを去らねばならなくなってしまうのである。崩壊である。本当ムカツク。
その後家に帰りコンビニの袋を開けようとしたら、普段はそうしたのを見たことないが、なんとセロテープで袋の口を止めてあった。僕は後ろのオヤジが気になって全く気づかなかったのであるが、荷物が多いのを気づかって、あの忙しい最中N嬢が見せてくれた暖かい配慮なのであろう。
「N嬢・・・(ポワーン)」
「こりゃ、もしかしてオレに気があるな?・・・」
・・・と、いうようにこのような過激で短絡的な超拡大解釈から未だに抜けきれないモテナイ独身エトランゼでありました。 |