プライオリティについて考える


 お気づきだと思いますが,当コンテンツ「明治神宮探鳥会ファンクラブ」の観察レポートの掲載が,やや遅れています。
 単に不精していると言う場合もありますが,あまり早く掲載すると,あれこれ問題もあるので,この何ヶ月かは,意識的に掲載を遅らせています。もし,情報掲載を楽しみにしていらっしゃる方がおられるようでしたら,大変申し訳ないことです。遅れてはいるものの,確実に情報公開をする方向で考えてはいますので,ごゆっくりお待ちください。

 情報掲載を遅らせる理由はいくつかあります。
 ひとつは,もし,珍しい野鳥の観察記録などがあった場合。こういう観察記録は,一部の研究者にとってはとても大切な情報なので,完全に隠すようなことはしたくありませんが,あまり掲載が早いと,一部の熱狂的な野鳥マニアが現地に押しかけて,現場が混乱する危険があります。それは明治神宮の社務所にとっても,一般の参拝者にとっても,決して快いことではありません。もし,トラブルが起これば,その原因が野鳥の会や明治神宮探鳥会に無かったとしても,「野鳥観察者の起こしたトラブル」と言うことで,我々も少なからず迷惑を被り,社務所からもクレームを受けることになります。我々はあくまでも,「自然観察のために境内を利用させていただいている」と言う立場ですから,こうしたトラブルによってフィールドを失うことだけは,予防しておきたい。
 したがって,原則として,通過途中の渡り鳥が観察された場合,その鳥が去ってから情報を公開するようにしました。また,希少性のある花が観察された場合もこれに準じ,なおかつ観察場所が特定できないように配慮しています。
 この背景には,自然愛好家によるトラブルが増加していると言う問題があり,探鳥会スタッフが探鳥会以外のところでそれをコントロールすることはほぼ不可能に近く,消極的対策を取らざるを得ないのです。自然観察をめぐる,現在のお寒い状況を,御理解くださるよう,また,自然に接することを楽しみにしている一人一人がモラル向上に努めてくださるよう,お願いするしかありません。

 もうひとつの大きな理由として,主催団体の都合があります。
 探鳥会の観察記録や報告は,翌々月の支部報に掲載されます。それよりも早い掲載をすれば,支部会員よりも一般のネットユーザーのほうが情報を早く受け取ることになります。もし,観察記録を重要な情報源として待ち焦がれている会員がいたとしたら,会員であることのメリットに影響することが考えられます。
 しかし,現実には,探鳥会開催日に参加した人は,もちろん,開催当日に最新の観察記録が手に入るわけですし,それをどこかに公開することを制限する支部規定は存在しません。しかも,探鳥会の参加に関しては,会員,非会員の区別は全く無く,参加費も会員,非会員共に同額と言う平等なものですから,この点でも会員であることのメリットは存在しません。
 さらに付け加えれば,主催団体で公式に観察記録として扱って,保存しているのは,探鳥会の開催時間中に観察された野鳥の種類と個体数のみです。明治神宮探鳥会では,野鳥以外の観察も重視していますので,公式データだけでは,次の年の探鳥会の企画運営のための資料としては,全く不十分なのです。そこで,スタッフのための保存資料として,観察したものを出来る限りまとめ,探鳥会中にどんなことがあったのか,要点だけでも整理して保存し,共有することで,今後の探鳥会運営のために役立てたいのです。
 さらに,これから探鳥会に初めて参加しようと言う人の不安を少しでも軽減するために,探鳥会の内容を積極的に公開し,中身が見える状態にしておくことで,探鳥会の敷居を低くしたい……そうした希望を叶えるには,支部の公式メディアでは全く不十分だったのです。第一,これから探鳥会に参加してみようかな,と思っている人が,どのぐらい支部報を読んでいるでしょうか? 非会員の方にも気軽に参加してもらい,野鳥の会への窓口,あるいは自然観察の世界への窓口を広くしておくのが,一般公開行事である「探鳥会」のひとつの使命ではないでしょうか? そのための情報公開であり,それが非会員の探鳥会への参加を促すと言う結果も出しています。事実,明治神宮探鳥会では,「明治神宮探鳥会ファンクラブ」を見て情報を得て探鳥会に参加した非会員の人が,毎月,全参加者の10%ぐらいに達しています。

 情報を公開したことのメリットはあったのです。

 もちろん,「マニア集団」「初心者は参加しにくい」と言った,探鳥会に対するこれまでの,良く無い部分の印象を払拭するような内容を作ろうとしてきた,明治神宮探鳥会スタッフの長年の努力があって,はじめて情報公開のメリットが活きてきた,と言うことを忘れてはいけません。単に公開すれば効果がある,と言うものではないのです。



 ……では,そう考えてゆくと,会員であることのプライオリティって何だろう?と言う疑問が残ります。
 どこの自然保護団体でもそうなんですが,会費収入は活動資金となり,自然保護に役立てたり,一部は会報などの形で会員に還元されたりするわけで,言うなれば,活動への金銭的支援,と言う意味合いを多く含んでいます。ただ,野鳥の会の場合,「愛好者団体」と言う側面が強いので,どうしても,会費を払うと,「寄付金」であると言う解釈をする人は多くなく,何らかのプライオリティが要求されるわけです。過去には,会員向けの還元と言えば,会報と探鳥会ぐらいだったのですが,探鳥会は,自ら進んで参加しなければ,恩恵を得られません。また,探鳥会には,会員のための親睦の場であると同時に,普及啓蒙活動と言う側面もあり,会員や賛同者を集める窓口として機能したり,会員,非会員を問わず,野鳥や自然に関する情報を提供したり,会の活動を社会に示し,自然保護の考え方を広く普及させるための広告塔としての役割も持っていたはずです。
 要するに,探鳥会に関しては,会員のプライオリティを設けないほうがメリットが大きい,と考えるべきなのです。

 それでは,どこに「会員であること」のメリットが見出せるのでしょう?
 現状では,提携宿泊施設の会員割引や,会員価格での物品販売など,金銭的メリットがあるような事業もありますが,実際にはあまり利用する機会がありません。他の旅行会社のパッケージツアーのほうが安かったり,双眼鏡なども会員価格より量販店のほうが安いですから。
 これは私の場合なのですが,結論から言ってしまえば,会費を払う最大の理由は,会員であることの「プライド」でしょうかね。会費を「寄付金」ないしは「活動費」と割り切っていますから…。実際,提携旅館の会員価格も利用したことがありませんし,双眼鏡だって量販店で安く買っていますから,会から金銭的メリットを受ける,と言う発想を持っていない,と言うのが,正直なところです。まぁ,私の場合,探鳥会などの「会からのサービス」を提供する立場にも立つので,なおさら,割り切りやすいのですが……。営利事業ではない「自然保護活動」のためには,やはり,寄付金を払って応援したい,と思えるような,魅力的な団体であって欲しい,と思います。
 もちろん,そのためには,魅力的な組織や人材,魅力的な活動を維持し続けることが必須です。
 逆に,スキャンダル,不祥事,会員の起こすトラブルや事件などは,こうした組織にとっては命取りになりかねない。そう言う意味でも,魅力的なスタッフと説得力のある活動,役に立つ情報提供,さらには,会員に向けた普及教育活動の重視も,望みたいところです。魅力的な会員が多くなれば,会としての魅力も,実力も,伴ってくるし,新入会員を獲得しやすい条件も整ってくる……そう言う発想で,普及活動をしっかりやって欲しいですね……そう言う私も,普及活動の一端を担っているのですが……(^_^;)。実際,「人作り」と言う発想で探鳥会を企画,運営している人って,どのぐらい居るんでしょうか?私が見聞きしている人達の中には,「幹事」や「リーダー」の肩書きを持つ人も少なくありませんが,まるで人の上に立つ権利を与えられたかのような態度で,探鳥会参加者と対話している人も,時折お見かけするので,ちょっと心配です。探鳥会では,人にものを「教える」のではなく,自然観察を楽しみながら,自然や自然保護に関する情報を「知っていただいて」,賛同してもらうことが大切だと考えていれば,そんな高飛車な態度に出ることは無いと思うのですが……。(私が探鳥会で「先生」と呼ばれるのを極端に嫌うことの理由も,この辺にあります。)


 最初のほうの話に戻ります。
 探鳥会の観察記録を公開することは,果たして会員に不利益なのか。
 私に言わせれば,そんな閉鎖的な態度を取る一方で,会員数の減少を問題視し,しかもその対策がなかなか打ち出せない状態でいることのほうが,理解しがたく,こうした閉鎖性が,会員にも,会の組織全体にも,不利益だと思うのです。この7年間で30%近く会員数を減らした原因について,もう少し良く分析して,問題点を見据えた上で,次の一手を打って欲しいのです。これは野鳥の会に限ったことではなく,日本の自然保護団体の多くに当てはまることだと思います。
 会員数増加策をどんどん進めて,会員数が伸びていた頃は,「会員数」と言うスケールメリットの獲得によって,発言力が増したり,新しい事業に手を出せるようになったりしましたが,現実には「数」だけ水ぶくれした状態で,たとえば野鳥の会に入っているのに,会の趣旨を知らなかったり理解していなかったり,と言う人がたくさん居たのを,探鳥会の「現場」で,私はしっかり見てきました。「鳥を見て楽しい」「自然は大切だから守ろう」と言った,そんな程度の認識の人が増え,景気後退と共に去って行っただけなのではないでしょうか?会員に対する普及教育活動を完全に怠っていたのです。ですから,何かあったときに,退会を引き止める力が無い。……で,結局,残ったのは,「趣味」として自然に親しむことに生きがいを見出そうとしている年代であったり,昔,自然保護活動に情熱を注いだ学生たちの生き残りだったり(私もこのカテゴリに入る……)なので,実際に活動の中核となる人材の確保すら,難しくなっているのではないでしょうか?

 観察会など,実践的な普及教育の場で,しっかりと人を作ることの大切さを忘れ,その作業を怠ったツケが回ってきた,とも解釈できます。

 今からでも決して遅くはありませんから,まずは,観察会や探鳥会などをしっかり作り込み,「愛好者」以上の志を持って,手に入れた知識と技術を活用するパワーのある人を育てること。そう言う,基本的なところを,きちんと見直してもらえれば,と思います。
 もし,そう言う,人を育てる力のある観察会/探鳥会,普及活動として浸透力のある観察会/探鳥会などが充実してきたら,その担い手を務めることは,とても魅力的な活動になりますし,やりがいのあるものになると思いますし,その観察会/探鳥会に参加して,情報を受け取る側も,確かな手応えを感じてくれるのではないかと思います。そうなれば結果的に,観察会/探鳥会の活動に関わることに「プライオリティ」が発生し,会員であることにプライドが持てるようになる……観察報告だけでは得られない情報が,参加すればたくさん手に入るわけですから。

 そうでなかったら,観察会や探鳥会は,観光ツアーと比べ,質的に何の差も無いものになってしまうのではないでしょうか?


(2004年10月14日記)

→もどる