オシドリはドングリが大好き?


 冬の明治神宮探鳥会の楽しみの1つが,オシドリ。
 ここ数年は,毎年50羽前後が越冬しています。しかも最近,来訪者に餌付けされて,パンの耳なんかを食べていたりする……(困)。

 オシドリに関する話題で,しばしば耳にするのが,

    「オシドリはドングリが大好き」

 ……この話,バードウォッチャーの間では,かなり古くから知られていることですが,この話はどうも,怪しそうなんです。

まず,こちらを参照してください。

 これはアカネズミの研究データなんですが,ドングリを単味(=他の餌を与えない)で与え続けると体重減少,死亡と言った結果に至ります。
 理由は簡単です。ドングリに含まれるタンニンの薬理作用に他なりません。タンニンは粘膜収斂作用などがありますが,多量に摂取すれば,消化吸収障害,粘膜損傷,食欲抑制と言った作用も示します。ドングリの過食により,タンニンの毒性が症状としてあらわれたのです。

 オシドリの場合,鳥類ですから,生理機能に哺乳類と異なる部分もありますが,腸管粘膜の吸収機能など,消化管機能はほぼ同じ。タンニンの作用機序からみて,ドングリはオシドリにとっても有毒である可能性は非常に高いと考えられます。

 ドングリにしてみれば,種を残し,繁栄させるためには,ある程度嗜好性のある実を作ることで,動物に種子散布を期待する一方,あまり嗜好性を高くしたら実が残る確率が下がりますから,わずかに毒を盛り,食べ尽くされないように,こっそりと捕食者の食欲をコントロールしているわけです。

 実に絶妙な自然の知恵です。

 では,なぜ,動物たちは毒のあるものを食べているのか?
 動物たちは,その季節,場所で最も効率良く手に入りやすい栄養源に手を出します。ドングリは栄養価も高く嗜好性も高い。つまり,積極的にドングリを選り好んで食べるようなことはしていないけれど,結果的にドングリを食べる確率が,ドングリの落果時期には上がっている,と考えられます。もちろん,ドングリ以外の餌も,手に入れば食べているので,ドングリ単味で生活しているわけではありません。そのために,ドングリの過食で中毒死を起こすようなことも,野生状態ではまず,ありえないわけです。

 結果論から言えば,
   「オシドリはドングリの落ちる時期にドングリのある環境に住んでいるから,ドングリを餌として選ぶことが出来た」
と言う消極的選択だったと考えるべきです。

 ですから,「オシドリが好きだから…」とドングリを集めてオシドリのいる場所に撒くとか,オシドリのためにドングリの木を植えて他の餌の得にくい環境を作ってしまったりするのは,大きな過ちを犯している可能性が高いのです。
 …それに,自然状態でドングリが餌として利用できるのは,1〜2ヶ月間程度ですから,かれらがドングリを年中常食しているわけではありませんし,もし常食していたら,中毒症状を示す個体が現われるかも知れません。
 オシドリに限らず,野生鳥獣は,いろいろな種類の餌を取ることで,特定の植物を絶滅させるようなことも無く,動物も毒物を多量に摂取するリスクが分散し,より安全な食生活が送れると言うわけです。……自然界の絶妙なバランスが見えてきますね。


 オシドリがドングリをついばむと言う事実は面白いことですし,自然解説ネタには良い話題です。しかし,その「面白さ」だけが一人歩きして,とんでもない誤解を生み出しているのではないかと思います。

 実際,とことんドングリを与え続けている人たちもいます。
 たとえば,こんな人たちとか,こんな人たち。さらに,町おこしのタネになったり,「美談」が作られたり……

 野生鳥獣の餌付けによる観光誘致や情操教育などを期待する一方で,餌付けによって増えた野生動物による被害であるとか,生態系の攪乱と言った問題点も明らかになりつつあります。自然保護のためには,人間の楽しみのための,むやみな餌付けは,自粛する方向にあるべきだ,と言うのが,最近の流れです。
 餌付けの是非については,諸説あり,論議し尽くされていない点も多く,自然愛好家の間でもコンセンサスは得られていませんが……。


 その一方で,「オシドリはドングリが大好きなんです」と言う自然解説をする人は,圧倒的多数派。餌付けを奨励する自然観察指導者も,おそらく現時点では多数派だと思います。まぁ,「定説」と呼ばれているものに何も疑問を感じないで信じてしまうことって,多いですけどね。
 でも,あえて,研究者の立場として,「行き過ぎた餌付けの自粛」を求めたいと思います。

 ついでに言わせてもらえば,ドングリを一番たくさん消費している生き物は,ゾウムシなどの昆虫です。森の生態系を維持するためには,「オシドリのために」とドングリを乱獲するのも,決して良いことではありません。オシドリに注目が行ってしまうと,こんな基本的なことも忘れてしまいがちです。


 たとえば,「うちの子はチョコレートが大好きだから,毎日毎食,チョコレートを食べさせているのよ」なんて言うお母さんはいないと思います。たとえ栄養価が高くて美味しくて,本人が好むものでも,そればっかり子供に与える親なんていませんよね。
 ……では,「あのオシドリはドングリが大好きだから,ドングリを集めて毎日たくさん撒いてやっているのよ」と言うのは,どうですか?何も疑問を感じないでしょうか?



(2003年11月7日記)

→もどる