「未来を担う人」を育てたい


 いま,東京近辺を中心に活躍している,野鳥関係の有名人。特に,野鳥の会関係から名前が売れていった人の多くが経験している探鳥会が,いくつかあります。その1つが明治神宮探鳥会です。
 昭和40年代半ばまで,東京には定例探鳥会は明治神宮しかなく,鳥のたくさん見られる季節のみ月例で開催していた探鳥会が,新浜(行徳)と多磨霊園でしたから,明治神宮探鳥会に人が集中していたのは確かなのですが,明治神宮探鳥会を担当した人や,探鳥会の常連だった人が,その後この業界の有名人にまで育って行った事例は数多くあります。もちろん,いろいろな探鳥会を渡り歩いていた人も多いのですが,新浜などをベースにしていた人に比べると,明治神宮の経験者には,観察指導で名を上げた人,すなわち「野鳥関係ギョーカイ」の外側の,一般の人に向かって訴求力のある人が多く含まれており,識別の名手とか写真や研究活動で有名になった人よりも,普及活動で能力を開花させた人が多いのが特徴です。むかしむかしの時代から,明治神宮探鳥会は,多くの人に野鳥のこと,自然のことを説く活動を旨としていたことをうかがわせる話です。
 昭和40年代と言えば,小泉−引頭体制の時代。この,小泉睦男,引頭百合太郎と言う人物,どちらも,それほど世間的には「鳥関係の有名人」と言う認識は無いはずです。なのに,この時代に明治神宮探鳥会を経験した人から,この業界の「顔」とも言えるような有名人を輩出していたことは,注目に値します。
 明治神宮探鳥会は,人材の育つ探鳥会だったのです。

 さて,時は下り,昭和50年代後半。
 この時期には,さまざまな担当者が入れ替わりながら,担当体制が大人数化していった時代。いまもその残党は何人か残っているわけですから,息の長い担当者も輩出したわけです。しかし,この時期以降,探鳥会から活躍の場を広げてゆく人材が,ぱったりと減っています。1990年代に入ると,さらに,探鳥会の担い手を探すことすら難しくなってくると言う状況。
 参加者数は確かにたくさんいる。しかし,人材が育っているかと言われると,あまり胸を張れないのです。

 実は,いま,野鳥関係で名前の売れている人の多くは,昭和40年代に少年期だった人達。この時代に小学生〜大学生だった彼らが,明治神宮探鳥会を経験しているのです。
 考えようによっては,こうした「原体験」の重要性を,図らずも示しているようにも見えます。

 では,現在,我々は,人材育成を怠っているのか?
 答えはYesでもありNoでもあります。

 現在は,野鳥関係のマーケットも拡大しています。野鳥の会の鳥関係業界における会員組織率の低下傾向と,会員数の動向を考えると,恐らく,1970年頃の10倍以上はあると思います。これだけ事情が違ってくると,単なるローカルの探鳥会である明治神宮探鳥会の知名度も相対的に下がりますし,下がってくれなければ,この活動が普及,拡大したとは言えません。探鳥会のキャパシティから見ても,こう言う方向に進むしかありません。
 しかも,最近の傾向として,野鳥関係の業界内では有名になっても,世間の誰もが名前を聞くようなレベルの有名人は輩出しにくくなっています。趣味としての野鳥観察が拡大する一方で,野鳥観察そのものの閉鎖性が増しているのです。単に野鳥観察経験を与えるだけでは,かつてのような大人物が育つような環境は提供されません。過去には,野鳥観察を教えるだけでも,それを原体験として,自然観系全体にインパクトを与える力のあるような大人物が育つ時代があったのですが,今はそう言う時代でもなさそうです。こうした時代の流れから見て,探鳥会の現場で人材育成が難しくなっている,と言うのも,ひとつの結論だと思います。
 しかし一方で,「原体験」は,まだ生きているのではないかと思います。概して,20歳ぐらいまでに経験した趣味や好みは,一生つき合うことが出来る可能性が高いのです。今の時代,別に立身出世してこの業界で有名になってくれ,と言う期待もお願いも,敢えていたしませんが,この「原体験」を,たくさん提供しておきたいとは思います。将来,どんな職業に就いたとしても,どこか記憶の底で,「自然」を意識し,「自然」を肯定的に見る目を絶やさないような……。こうした原体験をたくさんの人たちに積み上げることが,少数の人物が有名になって広告塔のように自然の素晴らしさを説くよりも,深く,確実に,人々の生活に密着した形で「自然」が浸透する力となると考えます。そうした「原体験」を持った人たちの仲から,ごく一部の人が,次の世代の「自然体験」の提供者を引き受けてくれさえすれば,活動はどんどん広がります。
 情報の流れが,マスメディアに代表される,少数の電波塔からの一方的発信に替わって,さまざまな人がネットワークを形成しながら情報を共有してゆくインターネットの普及へと変化している時代。「自然」の伝道師たちも,広告塔のような人は減り(しかし,決してゼロにはならないと思います),身近な人が,じわりと周囲に情報を浸透させるような形態に,変わりつつあるのかもしれません。その基本的なインフラとして,観察会/探鳥会における「自然体験」と言うのを位置づけて考えてみてはいかがでしょう。

 明治神宮探鳥会が,子ども達や家族での参加を大切にする理由の1つが,ここにあります。
 子供を連れて行っても安心して遊ぶことの出来る探鳥会は,実はあまり多くありません。参加者の年齢層の問題とか,観察スタイル,指導方法の問題など,理由はいろいろあると思いますが,結果的には子供たちの遊べる場所が少ないのです。

 明治神宮探鳥会に参加経験のある方なら,もうお分かりですね。明治神宮探鳥会は,「自然体験」を大事にし,たくさん提供しようとしているのです。
 それが,20年後,30年後のための人材育成であり,「未来への投資」であると思います。

 将来,明治神宮探鳥会を体験した人達が,どのような形で「自然」に関わったことを手掛けてくれるか,我々の戦略は,果たして良い結果を生んだのか,それが分かるのは,もう少し先のことになります。それは未来のお楽しみとして,しっかり見守ることといたしましょう。


(2002年11月25日記)

→もどる