「感じ方」まで教え込まないで!


 先日,TVのニュースで,小学生の農業体験実習のレポートを流していました。裸足で田んぼには言って,手で田植えをしてみた小学生がインタビューに答えている中で,
「なんか,懐かしい感じがした」と言う意味のことを言っていました。

 ……ふと疑問。いまどきの小学生どころか,その親世代だって,田植えと言えば機械化した風景しか,リアルタイムでは見ていないはずです。「懐かしい」と感じるよりも,初めての体験として,新鮮な驚きや感想があってもいいのでは?と思わせます。また,手作業の田植えは,腰を曲げる重労働で,実際にこうした経験をしてきた人であれば,「辛かった思い出」が出てくるかも知れませんよね。「手植えの田植え」イコール「懐かしい風景」と言うことを,メディアや先生などから見聞きし,どこかで,昔の田植え風景を学ぶ際に,「感想」までインプットして,教科書的な回答をしたのかも知れません。

 ……そう言えば,最近の探鳥会。
 参加者の行動や感想が,判で押したように相似形なんです。
 「鳥が綺麗だった」とか「仕草が可愛かった」ぐらいなら,誰でも感じることなので,それほど気に留めていなかったんですが,マニュアル本通りの服装や装備,観察した野鳥の「種類数」へのこだわり,珍しい鳥を観察したときの反応,さらには,フィールドマナーに関して怪しくなるポイントまで(なぜか植物採取とか立ち入り禁止区域への侵入の事例が圧倒的に多い),とにかく似ている。特に環境問題や自然保護に関する感想は,ほとんど教科書どおり(しかも20〜30年前の教科書のような…)。

 大人も子供も,「感想」や「感じ方」まで教え込まれているのでは?と思わせます。
 確かに,ものごとに興味を持ち,自分の中でよく消化し,自分なりのビジョンや感想を持つようになるには,ちょっと時間もかかりますし,よほど興味が無いと,なかなか自分なりの考えを持てないのかも知れません。そこまで「自分のもの」として取り込まれていなければ,教科書の丸写しのような,模範解答を喋るのは仕方の無いことかも知れません。
 でも,人の考えを十分に咀嚼しないで,自分の考えのように喋るのって,本当はちょっと変なんですけど……。

 あるとき,ネイチャーゲーム指導者の養成講座受講中の皆様と御一緒する機会を得ました。ネイチャーゲームの目的の1つは,自然への「気づき」です。それを効果的に演出するプログラムとして,ネイチャーゲームは成り立ちました。……しかし,実際に私が感じたことは……指導員の卵の人たちは,ネイチャーゲームのプログラム通りに感じようと「努力」しているのです。少なくとも私にはそう見えました。何を観察しても,ネイチャーゲームのプログラムの何かに当てはめ,その感じ方,感想を適用しようとするのです。プログラムに当てはめきれない話題を提供すると,かなり戸惑っていました。
 ネイチャーゲームはシステムとして完成度の高い洗練された観察プログラムですから,指導者を作りやすく,教育効果も高いけど,それ自身で完結してしまって,守備範囲外のことには手を出しにくい面もあるのかも知れません。

#……ちょっと補足しますが,自然保護,自然観察のギョーカイも,宗教派閥みたいに,コンセプトの違う人や団体が乱立していますから,彼らの目から見たら野鳥の会の探鳥会も,不思議な世界なんだと思います(野鳥の会で観察案内している私が見ていても不思議なんだから……)。

 人の意見や考え方に共感するのが悪いとは言いません。人に自分の「感じ方」を押し付けすぎるのは良くないと思います。また,「感じ方」まで学ばなくてはいけない状況については,疑問を持っています。


 「肌で感じる」と言う言葉があります。「肌」が感じているのは,言葉にはならないような,その場の雰囲気や気配,快・不快など。この,肌で感じた感覚って,意外と自分に正直なのかも知れません。最近では,子育て後や老後の楽しみを探すために,探鳥会に参加して観察を楽しむ方も増えています。ひょっとすると探鳥会参加者の過半数が,こう言う人たちで占められているかも知れませんが……そういう「生き甲斐探し」的な気持ちで探鳥会に参加している方は特に,マニュアルに頼りがちな面が強いようですが,人や自然環境に迷惑をかけないための基本的な安全管理やフィールドマナーさえ心得れば,マニュアルにとらわれ過ぎないで,自分の肌で感じたものを,もっと大事にしてもいいのでは,と思います。何を「楽しい」「快適」と感じるかは,人に言われて決めるものではないですからね。そうすれば,「肌に合う・合わない」の判断もしやすいと思いますよ。もし,肌に合うようでしたら,じっくりお付き合い願うことといたしましょう。
 同じ「探鳥会」だって,明治神宮探鳥会が肌に合う人がいたり,明治神宮探鳥会だけは感覚的に許せない,と言う人もいるわけです。いろいろ出歩いて,御自分の感じ方で,「肌に合う」ものを見つけましょう。


(2002年6月28日記)

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