もうひとつの,自然観察会の使い道?


 明治神宮には,私たち「明治神宮探鳥会」以外にも,さまざまな個人,団体が自然観察に訪れています。もちろん,目的は「自然観察」なのでしょうけど,具体的な目的は千差万別。サイエンティフィックな自然観察を行う人もいれば,観賞を目的とした人もいますし,鳥を見る人,花を目当てにする人,虫を探す人など,目的とする対象もさまざま。

 多様な人が多様な目的で,自然に接するためにフィールドを訪れるのは,自然観察の世界が広がることを期待させます。
 しかし,何をやっても良いわけではありません。自然に接するときの「共通ルール」のようなものは,必要です。


 これは,明治神宮の関係筋からの情報なんですが,毎月明治神宮で観察会をやっている,ある団体の観察会参加者が,観察会の終了後に,数人のグループで,管理用の立ち入り禁止エリアに入り,植物の盗掘をしていたらしいのです。そこの管理を担当している明治神宮の職員が追跡し,現場を押さえて,追い出したそうですが,こうした,自然愛好家による植物の盗掘は後を絶たないとのこと。
 実はその観察会の主催者は,その筋ではかなり有名なプロ・ナチュラリストです。観察会の参加メンバーは,彼の思想や著述に賛同した(であろう)ファン。こうしたことが明るみに出れば,ちょっとしたスキャンダルにもなりかねないですね。

 観察会の主催者側にしてみれば,観察会終了後のことまで責任は持てません。しかし,このような事件を起こさないために,十分な観察指導や注意喚起を行うのは,観察会主催者の責任ではないでしょうか。こうした事件が多発すれば,すべての観察者が明治神宮から排斥される可能性もあります(実は2年程前,それに近い状態でした)。私たちはあくまでも明治神宮の境内(=私有地)を利用している立場です。上記の盗掘事件は,不法侵入と窃盗にあたります。
 事件を起こした人達が,どんな考えで盗掘に及んだのか,第三者からは良く分かりませんが,結果的には,観察者が自らの手で自分達の信用を落としているように見えます。その結果,きちんとフィールドを傷めないように注意を払っている観察者に対しても,疑いの目が向けられるようになっています。
 明治神宮社務所と日本野鳥の会東京支部,そして支部の主催する明治神宮探鳥会スタッフとの間での信頼関係を維持する努力は,探鳥会参加者の目に見えない部分で,さまざまな形で行われており,それを台無しにしないためにも,私たちは特に注意深く,フィールドマナーについての呼びかけをしています。いまのところ「野鳥の会東京支部の探鳥会なら大丈夫」と言う信頼を得ていますが,参加者の行動次第では,一瞬にして信頼関係が崩れる恐れだってあるのです。

 観察会の参加者の中には,最初から収集目的を持っていて,効率良く植物や昆虫や野鳥を見つけて教えてくれる観察会を利用して,その観察会の後で,教えてもらった場所で盗掘,捕獲を行っている例があるようです。上記の某団体の関係した事件も,聞くところによると,典型的な「確信犯」のようです。
 実際,野鳥の会東京支部の探鳥会でも,過去に,探鳥会終了後の帰り道で,つい2,3時間前に紹介した花が盗掘されていた例がありました(本当に探鳥会参加者がやったことなのかどうか,結局はわかりませんでしたが……)。
 自然観察会の主催者は,こうした,観察会の本来の目的とは違った利用のされ方をする危険について,十分に認識しておく必要がありそうです(過去には観察会でナンパする人がいると言う話もありましたっけ……本当かなぁ……(苦笑))。


 私たちの「明治神宮探鳥会」では,あえて希少な動植物の案内を避けることがあります。過去にはアオバズクの繁殖期に,営巣場所を避けるように観察コースを変えたり,希少な植物の解説を止める,あるいは,さらっと名前を紹介するだけにとどめ,案内役が「希少さ」をアピールしないようにすると言う方法を取ったこともあります(いかにも「珍しいもの」のように紹介すると,大して珍しくないものでも盗掘されるんです……)。
 ……冗談みたいな話ですが,新宿御苑で,それまで「雑草」として除草処理していた,ある在来植物を,入苑者向けパンフレットに紹介したら,盗掘されるようになったと言う話もあります。盗掘するほうも,そんなに事情が解っているわけではなさそうですね(だから自然観察会を利用してリサーチしているのかも知れない)。

 私たちはアマチュアですから,プロのような「人気稼ぎ」をする必要がありません。ですから,問題が起これば,しっかりと参加者の皆様に報告し,苦言を呈したり,注意を促すことも出来ます。観察者がきちんと自然環境を維持しておくことが,自然観察会における,最も基本的かつ重要なルールだと言う認識でいます。「自然観察の楽しさ」だけを先行させると,必ずどこかに落とし穴を残します。


 植物を掘り取ることを「罪」と思わない年代は,中高年に多いそうです。
 確かに,山野草がどこにでもあった時代なら,問題にはならなかったのでしょう。
 明治神宮で野草の掘り取りなどをしている人に,管理の人が声をかけて注意すると,けっこう居直る人も多いのだそうです。「植えたもんじゃないから良い」「入苑料を払っているから良い」と言った理屈が返ってくるそうです。野生のものは持ち主がいないから持って帰っても良い,と言う発想(その一方で,花壇に植えたものは抜いてはいけない,と言う発想もあるらしい)。しかし,明治神宮はどう見ても「所有者」のはっきり分かっている土地。その植生を管理している人に楯突いて植物などを持ち去るのは,「強盗」みたいなものです。もちろん,どこの野山だって,所有者がいるのですから,基本的にはどこへ行っても,上記のような理屈が通らないのは自明のことです。


 自然のことを知り,理解し,環境問題などに興味を持ってもらうために,自然観察会は有力な武器です。その一方で,自然観察会が,自然環境の保全にマイナス要因を与えるようでは,本末転倒です。しかし,何でもかんでも「ダメ,ダメ」では,観察していても面白くありません。……このあたりが,自然観察会の矛盾でもあり,ジレンマでもあります。
 自然観察会が自然環境に過度のインパクトを与えないためには,最終的には,観察者個人の「自然環境保全意識」の向上しか対策は無く,それを伝え,実践する役目を担っているのは「自然観察会」自身なのです。

 いずれにせよ,自然環境を破壊してまで観察会をやる意味は,無いと思います。
 苦言を言うべきところはしっかりと主張する。
 それも,「非営利」で行われている明治神宮探鳥会の,大切な役目だと思います。


(2001年3月19日記)

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