プロのメリット,アマチュアのメリット


 ちょっと想像してみてください。
 あなたは,自分の勤める会社のイベント企画担当を任されました。……と言っても,社員向けの福利厚生を兼ねた,ささやかなものです。自然の好きなあなたは,自然観察会を思いつきました。バードウォッチングなら,内容もわかりやすいから,アナウンスしやすい。……よし,観察対象は鳥見で行きましょう。場所は郊外の身近なフィールドがいいかな? 休日の午前中,9時から正午ぐらいに観察会を設定しよう。参加者は,社員の何%かと,その家族……ってことで,30人ぐらいを想定しました。……でも,自分で観察案内をするのは,ちょっと心細い。
 ……そこで,ちょっと名前を聞いたことのある自然観察屋,つまり,プロのナチュラリストに講師を依頼してみよう,と思いつきました。

 ……さて,あなたはこの「プロ・ナチュラリストに」いくら講師料を払いますか?
 参加者に1人あたり,いくら参加費を負担してもらいますか?



 これだけでは判断材料が少ないですから,反対に,自然解説を引き受ける立場の,「プロのフリーランサーの自然解説者」と言う立場から,アプローチしてみましょう。
 話を分かりやすくするために,おおざっぱな計算で考えてみましょう。

 観察会の本番は,所要3時間。
 しかし,打ち合わせや下見などにも時間がかかります。
 相手が30人だと,フィールドスコープを担いだアシスタントを1人つけておかないと,全員に鳥を見せるのが大変です。
 依頼主との打ち合わせに,延べ2日。1人1日1万として,2万円。
 下見に2人×半日で,1万円+交通費0.5万円。
 観察会に使う資料の原稿作りに1人×1日で1万円。
 資料に使うイラストは,契約しているイラストレーターの手持ちのものを利用して,版権使用料2万円。
 当日の自然解説の「技術料」は,3万円+アシスタント2万円。
 当日の交通費,保険料,使用した道具の減価償却費などを含め,総計約12万円
 このうち「自然解説者」本人の純益は技術料3万円+拘束時間相当分の人件費約1.5万円。

 このような観察会を週末ごとに請け負っても,月8回平均で,4.5万×8=36万円の月収。
 単純計算で,年収432万円。
 手近な場所での観察会の請け負いだけでは,たいした収入にはならないことが想像つきますね。


 ……でも,イベントを依頼する側にとっては,12万円と言う数字は,けっこう大きい。
 単純に参加者30人で割ってしまうと,1人あたり4000円。
 鳥を見るのにガイド料4000円,あなたは払いますか?
(実はカルチャーセンターの受講料の時間単価が1500円前後ですから,3時間で4000円と言うのは,決して法外な値段ではないのです)

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 実は最近,アマチュアである私達の元に,観察会/探鳥会の講師依頼が,しばしばあります。
 野鳥の会の本部や支部を通じて,都内のフィールドでの観察案内を引き受けます。
 講師料は,交通費としてひとり5000円ぐらい×3,4人で,2〜3万円が相場です。
 実際には,支部として引き受けた話ですから,個人でお金を受け取らず,担当者全員の講師料を担当者間で話し合った末,支部への寄付金と言う形で会計処理してしまうことが多いので,担当者個人としては,無報酬です。

 私のレギュラー担当の明治神宮探鳥会でも,参加費はひとり200円(しかも18歳未満は無料)。この200円から,保険料,担当者の交通費(これは規定により支払われていますが,実際には個人で受け取らないで探鳥会運営資金に回しています),パンフレット制作費(もちろん実費)を引き,参加人数50人なら,数千円の黒字が出て,これは主催団体である野鳥の会東京支部の活動資金の足しになります。

 ボランティア集団である野鳥の会東京支部が講師依頼を受ける場合,支部の探鳥会を担当しているメンバーから,会場となるフィールドの自然に精通した人を選んで,講師に当たってもらうようにしています。私は明治神宮や都心部の緑地に明るいので,こっち方面を引き受けますが,海辺や多摩地区での探鳥会の依頼があれば,そちらをフィールドにしている人に依頼が回ります。

#観察内容や対象とする参加者の年齢層によっては,多少遠いところでも引き受けることはありますけどね…。

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 さて,ここまで読み比べていただけば,「プロ」に自然解説を頼むメリット,「アマチュア」に頼むメリットが見えてくると思います。
 ちょっと整理してみましょう。

☆「プロ」のメリット
・ネームバリュー
・解説内容について,依頼前に大体想像がつく
・喋りが上手
・したがって,解説内容の「ハズレ」が少ない。

☆アマチュアのメリット
・講師料が安価
・会場となるフィールドに精通した人が選べる
・自然解説者の人数を増やせる(=解説が良く行き届く)
・参加者の目線に近く,きめ細かい配慮ができる

 裏を返せば,これがお互いの弱点でもあるのです。
 つまり,「プロ」は通り一遍の解説を上手に喋るのに長けているが,「アマチュア」のような小回りの良さは期待できない。一方「アマチュア」は,話術を含めた解説内容に,当たり外れが大きい場合があり,ネームバリューもないので,受け手によっては「プロ」よりも信頼度が落ちると感じる場合もあります。

 もちろん,ここで論じている「プロ」「アマチュア」の色分けは,それで収入を得ているかどうかの違いですから,アマチュア並みに稚拙で独り善がりな「プロ」もいれば,プロを凌ぐ腕前の「アマチュア」もいることは,覚えておいてください。

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 さて,これを踏まえた上で,最初の話に戻ります。
 あなたが自然観察イベント企画をした場合,プロの講師を選びますか?アマチュアの講師を選びますか?
 さらに,あなたが自然観察イベントに参加する場合は,どうですか?

 いまは不景気な世の中ですから,対外的に宣伝効果の高い(=客引きや企業のイメージアップに使える)「プロ」の出番は,どの程度あるでしょう? アマチュア集団である野鳥の会東京支部あたりに,いろいろと講師依頼が来るところを見ると,企業の自然絡みのイベント戦略も,需要はあるけどお金はあまりかけられないと言う,台所事情が見え隠れします。
 「プロ」はネームバリューが武器。言い換えれば,そのぐらいしか,アマチュアとの差別化が出来るポイントがない。アマチュアは「ハズレ」のリスクが大きい。でも,その点は,人海戦術でかなりカバーできる。そこで,ネームバリューを必要としない社内イベントなどには,アマチュアが使われる機会が多い,と分析されます。

 プロであれアマチュアであれ,自然解説者を育てるのは,その解説を聞く人達です。
 自然解説に対する需要の伸びや,観察会参加者が自然解説の内容について,より質の高いものを求めてゆくことが,自然解説者を育てる力になります。特に「プロ」の場合,アマチュアと違って,自分が観察会に参加する立場を取りにくくなっていますから,気楽にいろいろな自然観察会の「参加者」になれる「アマチュア」のほうが,その気になれば勉強する機会に多く恵まれ,自然解説者として「育つ」機会を多く持っているのは確かです。したがって,「プロ」は観察会参加者から得るものが無ければ,なかなか解説者として「育つ」機会が得られないのです。言い換えれば「自分の世界」で固まってしまう危険も持っていると言うことです。
 そういった意味では,「アマチュアは多くの可能性をウリにし,プロは自身の完成度の高さをウリにする」と言ってもいいかも知れません。

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 自然解説者も,ニーズの多様化,細分化に合わせ,いろいろな方向に進化しています。
 それは,プロもアマチュアも同様です。
 もし,あなたが,いまの自然観察会に満足出来ないのなら,ぜひ,案内役である自然解説者に,いろいろと質問や要求をぶつけてみましょう。さらに,いろいろな観察会に顔を出してみることをお奨めします。そうすれば,あなたの感覚にフィットする自然解説者が見つかる確率が上がります。

 自然解説者は,あなたの「自然観察ライフ」のパートナーとして,少なからず影響力のある人です。もう少し,自然解説者について,こだわって選んでもいいんじゃないかな,と思います。……そう考えると,「プロ」「アマチュア」の区別と言うのは,「自然観察ライフ」を楽しむ上では,あまり意味を持たないことが分かっていただけると思います。
 また,自然解説者にとっても,観察案内を受ける側の人達は,自分の実力を向上させるためには,とても大切な人達です。それを認識している人は,間違いなく自然解説者としての腕前も上がり,その恩恵は,必ずあなたの自然観察ライフにプラスになることと信じます。そういった意味でも,あなたの自然観察ライフを豊かにするために,「自然解説者選び」について,もう少しこだわりがあるべきなのです。

 観察案内する側とされる側,立場の違いはあるかも知れませんが,お互いに刺激しあって,より深く自然を知り,楽しむ喜びが分かち合えたら,こんな素晴らしいことはありません。……なんだかんだ言っても,やっぱり,自然観察会の主役は「自然」なのですからね。


(2001年2月26日記)

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