「定食屋探鳥会」宣言


……「たまに行くなら,こんなお店で小粋なランチなんて,いいね」

……「たまの休日,ちょっと思いきって遠出して,自然を満喫しよう」

 休日の過ごし方は,人それぞれ。でも,上の2つの発言,どことなく似ていませんか?
 ちょっとだけ「日常」から離れて,リフレッシュしよう!と言う発想が,同じなのです。
 ……そう考えると,自然観察会や探鳥会の利用のされ方や,役割について,見えてくるものがあります。

 誰だって,たまには日常生活を忘れて「非日常」を楽しみたい。たまには美味しい料理を出してくれるレストランにも行きたい,と言う発想も,日常の食生活から離れて,「非日常」を楽しむため。だからこそ,喜びもひとしおです。毎日1万円のディナーを食べ続ける人は,ほとんど居ないでしょう。でも,近所の定食屋には,月に何回も行ってお昼を食べたりします。どうせ行くなら,気軽に行ける距離にあって,リーズナブルな価格で,いろんなメニューが楽しめるお店のほうが,飽きがこない。そう言うランチのお店をいろいろ研究している人も少なくないと思います。いわば,「日常生活の中の楽しみ」です。そしてもちろん,家での日常の食生活にこだわる人も,少なくないと思います。

 これと同じ発想で,自然観察会/探鳥会を見てみましょう。
 たまに行くような「非日常」の世界,と言えば,ちょっと遠出して,場合によっては泊りがけや海外遠征で,有名な自然観察スポットなどに出かけること。こう言う場所への観察案内をしてくれる,自然観察ツアーや泊りがけの探鳥会などもありますが,こうしたツアーは「たまに行くレストラン」のようなものです。自然観察ツアーは,「非日常」を楽しみたい人が参加するものなのです。
 では,自然観察における「日常」とは,何でしょう?……それは,日常生活の中で,道端の野草の花に気づいたり,渡り鳥の声に気づいたりするような,ふとした「自然発見」だと思います。もちろん,自然を見て,感じるためのアンテナがしっかりしていないと,あんまり発見は多くはありませんが,ちょっと周囲の景色を気にして歩いてみるだけで,少しずつ,いろいろなものが見つかるようになってきます。……自然観察における「日常」の観察……これが,食生活における,毎日家で食べている食事のようなものだと思います。
 さて,そうすると,自然観察における「近所の定食屋」のような存在は?……これに当たるのが,定期的に同じ場所で開催される,「定例観察会/探鳥会」だと思います。もっと具体的に言えば,集合場所まで1時間以内ぐらいで行けるような近場のフィールドで,予約不要かつ無料〜格安の参加費用で,半日〜1日ぐらい楽しめる観察会。……明治神宮探鳥会も,このカテゴリに属します。言うなれば,「定食屋探鳥会」なのです。

 定食屋と言っても,いろいろあります。和・洋・中はもちろん,カレー専門店もあれば,「ランチタイムの行きつけ」と言う意味では,ラーメン屋も含めてもいいと思います。そんな中で,どんなお店が選ばれるのか,と言えば,やはり安くて美味しい店。さらに,食材選びや味付けにひと工夫あったり,旬のものが出てきたりすると,もっと嬉しくなっちゃいます。
 ……実は,日帰りで気楽に参加できる,近場の観察会/探鳥会も,これと同じような選ばれ方をしているのではないだろうか?と思います。
 そう考えると,観察会参加者のニーズも見えてきます。
 身近なフィールドでの観察会/探鳥会は,日常生活の延長線上であり,ちょこっとだけ「非日常」を楽しめる場所でもあります。素材(観察対象や観察テーマ)を上手に選び,それをうまく演出し,その一方で,こちらの伝えたいメッセージも織り込みながら,参加者のニーズに合わせた,案内する側の独り善がりではない観察会/探鳥会を,工夫して作ってゆきたいものです。
 もっとも,それ以前の問題として,参加する側の観察したいもの,提供して欲しい情報などの目的に合わせて,観察会/探鳥会が選ばれるべきであることは必要です。つまり,よく内容が見えるように,観察会/探鳥会の開催案内をアナウンスすることが第一歩です。そして,提供される情報も,定食屋におけるパンやライスなどの「主食」のように,フィールドマナーや安全管理などの基本的な事項は共通して押さえておくこと。その上で,観察内容,演出内容については,観察会/探鳥会ごとに,もっとバラエティに富んだものが提供できると,さらに魅力がアップしますし,参加者が観察会/探鳥会を選ぶ楽しさも出てきます。
 時々,「探鳥会はどこでも同じでしょ」なんて言う人に会うことがありますが,もしかすると,探鳥会がファーストフードのチェーンのように,どこでも同じような内容になってしまっているのかも知れません。ちょっと反省です。

 さて,我らが明治神宮探鳥会は,どんな戦略で,「定食屋探鳥会」として繁盛させてゆくべきか。
 まずは「脱・ファーストフード探鳥会」です。観察メニューの選定,アナウンスの方法(=案内文の工夫)などにより,「どこでも同じ」からの脱却を図ること。この作業は既にかなり進んでいます。さらに,「旬」を大切にした素材(観察ネタ)選びや,観察案内スタッフの個性を生かした切り口の観察など,よい意味での,さまざまな個性化,多様化を狙っています。
 しかし,素材も時間も予算も限られています。限られた条件の中で,いかに「美味しいもの」を提供するか。その辺が,レストランで言えばシェフの腕の見せどころ,探鳥会で言えば案内役の腕の見せどころなんでしょうね。

 明治神宮探鳥会には,「定食屋」と決定的に違う点もあります。明治神宮探鳥会は,収益事業ではありません。大幅な赤字を出すのも困りますが,大きな儲けを考える必要性はない。この点では,「定食屋」よりも冒険が出来る。悪く言えば,多少,ヤンチャなことをして観察の演出に失敗しても,そんなに責任を取らなくて良い。良く言えば,次々に新しいことを投入できるので,アンテナショップ的な使い方が出来る。この辺りにも,毎月1回開催している定例行事であることのメリットが活かせると,面白いと思います。

 「定食屋探鳥会」は,いろいろな可能性を持っているのです。

 ところで,我々庶民が毎日1万円のディナーを食べることが無いのと同様に,毎日,珍しい鳥を求めて遠出してゆくバードウォッチャーも,決して多くはないことでしょう。だとしたら,日常の自然観察や,週末に近所のフィールドに出かけたり,日帰りの観察会/探鳥会に参加することにも,もう少しこだわってみるのもいいんじゃないかと思います。
 月に一度の超豪華ディナー以外は,毎日カップラーメンで過ごしている人と,普段の食生活の充実を中心に考える人。考え方はいろいろあると思いますが,私なら後者を支持します。日常の食費の中で,日常の食生活を楽しみ,いろいろな食材の味に触れていれば,たまにレストランで食事をしたときに,普段,カップラーメンばかりの人よりも,出された料理について,より深く理解し,より感動できると思います。それと同じように,日常生活の中での自然観察や,近場のフィールドで開催される観察会/探鳥会での自然観察を大事にしていれば,たまに出かける大自然の中での「非日常」の観察が,より興味深く,感動的なものになると思いますよ。

 ……だから,明治神宮探鳥会は,「日常プラスアルファ」の楽しみがある,「安くて気軽な,街の小粋なレストラン」あるいは「行きつけの気の利いた定食屋」のような探鳥会になりたいな,と思います。……そう,こんな感じで,参加者をお待ちしたいのです……「気が向いたら,いつでも来てください。いつ来ても,旬のネタを使って,美味しい観察メニューを用意して待っていますから!」……。


(2000年11月1日記)

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