聴診器の出番だ。


 春だ!
 足元の野草が花をつけ,木々が芽吹き始めると,明治神宮探鳥会のスタッフは,聴診器の用意をします。最近のアウトドア系の流行に敏感な方は,すぐにわかると思いますが,これを自然観察に使うのです。

 アウトドアをやる人が聴診器に手を出すようになったのは,そんなに古いことではなさそうです。もともとは,ネイチャーゲームの1つに,樹の幹に耳を当てて樹の音を聞き,樹の「いのち」に気づくと言うゲームがあるんですが,これが発端になっているようです。最近では,森の中でデイパックから聴診器を引っぱり出すと,「あ,樹が水を吸い上げる音,聞くんでしょ」と声がかかるくらい,アウトドアファンの間では有名になっています。でも,実際に聴診器を使ってみた人って,そんなに多くありません。ですから,明治神宮探鳥会では,スタッフが聴診器を持ち込んで,実際に体験していただこうと目論んでいるわけなのです。
 でも,はっきり言って,聴診器で「樹が水を吸い上げる音」を聞くのは,かなり難しい。ふだん,さりげなく聴診器を使っているお医者さんや看護婦さんは,ちゃんと長い時間をかけて聴診のトレーニングを受けているのです。アウトドアでは,聴診器を触った経験すら無い人がほとんど。いきなり聴診器を持たせても,なかなかうまくは行きません。黙って聴診器を持たせれば,自分の血流音か聴診器のノイズぐらいしか聞こえません。下手をすれば,聴診器を壊してしまう。自分の血流音を聞いて,「樹の中を水が脈打って流れている!」と感動してしまった人に水を差すのもかわいそうだし,かと言って,聴診器を使う商売をしている身としては,不正確なことを教えるのも,ちょっと気がとがめる……。
 ……まぁ,「ネイチャーゲーム」は自然への「気づき」が目的なのだから,何を聞いて感動していただいても,構わないと言えば構わないんですけどね。

 そこで,ちょっと発想の転換。わざわざ無理して,聞くのが難しい「樹が水を吸い上げる音」を聞く必要は無いのだ! 簡単な「聴診の基礎」だけ教えて,いろんな聴診法で,いろんな音を聞いてやろうじゃないの……ってことで,みんなで「にわか樹木医」になることにしました。
 まず,ハンカチやタオルなどを使って,手から出るノイズを徹底的に抑える。そして,そっと耳を澄ますと,いろんな音が聞こえてきます。風のある日は枝や葉が風にゆれる音。近くを人が歩けば,根を伝わって足音が聞こえます。枯れかかった樹に聴診器を当てると,中にいる虫の音が聞こえることもあります。もちろん,気候条件がよければ,樹の内部から発生する音も聞こえます。また,樹の種類によって,かなり音が違うこともわかります。
 さらに,聴診器を当てている場所の近くを叩いてみる……「打診法」ですね。すると,材の密度や水分の量,中に空洞があるかないか,などの条件によって,ぜんぜん違った響きが返ってきます。

 ある年の2月,ニワトコの幹を打診してみたら,とても軽い音がしました。ところがその翌月,同じ樹を叩いて聞いてみると,ずっしりと鈍い音がします。春になって樹が活動をはじめ,水をたっぷり吸い上げたのでしょうね。
 こんな発見があるのも,「にわか樹木医」の楽しみです。

 聴診器は,最近ではアウトドアショップなどでも扱っているお店があります。しかし,医療器具屋さんから買えば,その半額ぐらいで良いものが手に入ります。ナース用のカラフルな聴診器が2000円以内で入手できます。もちろん,値段の高いやつは1万円,10万円といった値段のもありますが,アウトドア用なら,壊れても惜しくない値段のものがいいでしょう。でも,性能と値段は比例しますから,念のため……。参考までに,私が今,アウトドア用に使っている聴診器は,購入価格1200円でした(かなり割り引いてもらっています)。友達同士で共同購入して,割り引いてもらうといいと思います。

 でも,聴診器を買っても,使い方がわからないといけませんね。明治神宮探鳥会では,毎年,春から夏にかけて,リクエストに応じて,聴診器を使って樹の音をいろいろ聞いていますが,聴診器を扱うときに,基本的な使い方は教えています。興味のある方は,この時期に明治神宮探鳥会に来てください。特に天気の良い日を狙うと,より楽しめると思います。


(2000年3月18日記)

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