アサヒヤマ・インパクト


 旭山動物園が,2006年度実績で,上野に次いで,日本で二番目に入園者数の多い動物園となりました。冬季は一時閉鎖,開園時間限定で運営されていますから,夏季の入園者数は上野を上回る勢いだったと言うことです。

 私も2006年8月に旭山を訪問しましたが(観光目的ではないので,入園者数にカウントされていないかも),あまりの人の多さに,驚くばかり。どこぞのテーマパークのように,動物舎に入場待ちの列が出来たり,売店も軽食やソフトクリームのお店も,キャパシティを超えた状態。動物園としてはそれほど広くない園内に,人が溢れていました。その日,観光バスだけで150台の駐車予約があったそうです。バスツアーだけで1日に数千人来ると言うことは,トップシーズンには1日に2万人を超える入園者がありそうです。
 観光ツアーの多さから見ても,一時的なブーム,と言う面もあると思いますが,地方都市の動物園はだいたい,年間入園者数がその都市の人口ぐらい,と言うのが相場だと言われていますから,ざっと,その10倍の入園者を受け入れていることになります。「ブーム」の分を差し引いたとしても,驚異的な数字です。
 同じ旭川市の科学館も,リニューアル後1年で,70万人近い入館者があったとのこと。「旭山効果」があるとしても,こちらもたいしたものです。通常,地域科学館の利用者数は,大都市の大規模館を除けば,年間数万〜10万人程度です(我孫子市鳥の博物館が約4万人です)。

 旭山の特徴は,「見せ方」にあると言われます。最近では,見せ方に工夫を凝らした施設が,各地の動物園にも出来始めています。また,東京の動物園では,希少動物の保護,繁殖を目的に,繁殖に適した飼育環境作りをしています。これは一見,「見せ方」にこだわる旭山と違う道を進んでいるようにも見えますが,どっこい,旭山では,希少動物の繁殖成功例も,数多いのです。
 これは何を意味するのか。
 旭山の「見せ方」についての考え方が,昔ながらの動物園の発想と全く異なる,と言うこと。
 動物本来の生態,行動を見せる。動物が,より自然の状態に近い状態で生活できる環境を与え,その行動を見てもらうことで,動物の持っている本来の魅力を,来園者に楽しんでもらう。……つまり,動物本来の生き方に近づける,と言う意味では,東京の動物園がやっていることと,本質的に全く同じだったのです。オランウータンが高い所のロープを渡るのも,アザラシが狭い水路をくぐり抜けるのも,彼らの本来の習性や行動パターンをじっくり観察し,熟知した上でのセッティングであり,決して彼らに「芸」をさせているのではない。そうした,動物本来の行動を見せることで,見る人に感動を与えているわけです。
 「見世物」的な,ある意味人間中心の発想の展示法から,動物をじっくり観察し,試行錯誤しながら辿り着いた,動物本来の姿を見てもらう方法。それが,旭山動物園の魅力だったのです。

 動物園だけではありません。最近では,科学館,博物館も,「見せ方」へのこだわりと工夫が,各地で進められています。模型や標本,ジオラマと言った「陳列型」の展示から,利用者が手を動かして確かめる「体験型」の展示へのシフトも,かなり進んできました。しかし,「体験型展示」にも弱点はあります。展示物の消耗が激しく,維持費がかかること。ひとつひとつの展示に説明したり補助をしたりデモンストレーションをしたりする係がいないと,円滑に運用しにくいこと。また,どうしても体験型に持ち込みにくい展示物もあります。国立科学博物館では,新館の「発見の森」を体験型ゾーンとしてまとめ,しっかり研修を受けたボランティアを集中的に配置していますが,陳列型展示と体験型展示のすみわけ,共存の方法として,一つの回答となっているのではないかと思います。
 さらに,科学館,博物館を拠点とした,観察会などのイベント活動を行ったり,さらには,こうしたイベントを提供する側や,資料収集などの博物館活動にも一般市民を参加させてゆく方法を採っている館もあります。これは「参加型」と言えると思いますが,これも,科学館,博物館における,利用者や一般市民に対する,所蔵する情報の「見せ方」の一形態ではないかと思います。

 つまり,魅力ある「見せ方」,言い換えれば,分かりやすい情報の伝え方が,大きな流れとなって,動き始めている……そんな状況にあるのだと思います。

 私が鳥の博物館のイベント事業を手伝い始めたときにも,「見せ方」「伝え方」には,相当のこだわりを持って,さまざまなアイデアを学芸員に示し,相談しながら,基本的なやり方を固めていった経緯があります。地域科学館は,リピーター……と言うよりは,地域住民の中に,科学館のファン,あるいは常連客を,どのぐらい獲得できるかが,と言うのが,ひとつの目標になると思います。それは言い換えれば,科学リテラシーの普及活動を,地域に根を下ろした形で運用する,と言う意味でもあります。その具体的な実践内容は,「博物館で遊ぼう!」を参照していただくとして,こうした方向性が,地域における科学教育活動のトレンドとなっていることは,間違いないと思います。鳥の博物館の定例観察会「てがたん」における,自然の「見せ方」へのこだわりも,その基本姿勢は,旭山動物園の「見せ方」へのこだわりと,繋がっているのです。

 あまり表現は良くないのですが,こうしたトレンドの移り変わる時期には,トレンドに上手く乗った「勝ち組」と,そうでない所が,どうしても発生します。科学館で言えば,展示物に頼り切った,「箱モノ行政」の色濃い施設が,どうも旗色が悪い。観察会だけに限定しても,我孫子では,鳥の博物館の観察イベントだけがコンスタントに人気を集めていると言う状態です。自然観察会も,過去の動物園のような,生き物を見せて名前を教えて特徴や見分け方などの図鑑的解説を加えるだけのものは,やはり「見世物」感覚であって,見せ方に工夫を凝らしたり,その生き物の,他の生き物とのつながり,地域環境とのつながり,人とのつながりなどを多角的に捉えた解説などを加えることで,観察している生き物の「生きざま」がリアルに伝わるような感動を与えるような観察会が,トレンドではないかと思います。
 科学館だって,観察会だって,動物園と同様,「見世物」から卒業しないと,生き残れない……そんな時代になってきたのかも知れません。


 実は,最近,野鳥の会の探鳥会が,どこに参加しても面白さに欠けると感じていたのです。
 自分でもあちこちで観察会を作っていて,野鳥の会の定例探鳥会も1つ,担当しているので,野鳥の会の不振の原因についてあれこれ考えていたのですが,旭山の「見せ方」へのこだわりを見て,ひとつ,謎が解けたような気がしました。

 探鳥会が,昔ながらの「見世物」だったのです。

 どこの探鳥会に参加しても,ほとんどの探鳥会が,開催場所が違うだけで,内容は似たり寄ったり。交わされる会話も,どこでもほぼ同じ。解説の中身も,名前と識別法と見られる時期ぐらいで,大差ない。つまり,「見世物」からの脱却が進んでおらず,言うなれば,「鳥を見せていただく団体ツアー」の様相を呈しているわけです。このスタイルは,ある意味,野鳥の会の「定番」でもあり,一部の高齢の参加者には比較的受け入れられやすいようなので,これを全く否定するわけには行きませんが,やはり私は,何回か参加すると,あまりの単調さに飽きてしまう。実際,探鳥会参加者の年齢分布から見ても,こうしたスタイルに満足できない人は,ほとんど探鳥会に参加していないのではないでしょうか。首都圏の某支部では,いろいろと「見せ方」を変える試みを実践していますが,こうした動きはまだまだ少なく,主流にはなっていません。

 まぁ,結局,私が野鳥の会の枠組みに限界を感じていたのも事実ですし,鳥の博物館でゼロからこだわって作った観察会が快調に市民の支持を得て賑やかに開催されているのも確かなので,ますます野鳥の会の探鳥会の弱点が見えてきました。もちろん,「野鳥の会はもうだめ」と言うわけではありまんから,誤解なさらぬよう。しかし,これらの事例に限らず,総じて言えることは,自然観察イベントにおいても,トレンドに乗れる,乗れないの差がハッキリしてきた,と言うことではないでしょうか。


 キーワードは「見せ方」です。誰に何を伝えたいか。そのためにはどんな見せ方を工夫したら良いのか……旭山動物園の教えてくれた,「見せ方」へのこだわりと情熱が,自然観察イベントにおいても,活かされるべきなのだと思います。動物園と同じように,「見せ方」「伝え方」が自然観察会の成否を分けるような時代が,始まっているのかも知れません。


(2007年6月20日記)

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