お願い!雨天中止になって!!


 自然観察イベントを20年ぐらいやっていると,さすがに,参加者の集まり具合とか,どんな参加者層をターゲットにしようか,と言った目論見を,そんなに大きく外すことはなくなります。定例で担当している探鳥会などは,過去の蓄積が大きい上に,参加者の動向については,流れが良く見えていますから,天気や数日以内のメディアへの情報転載なども把握できていれば,かなりの正確さで参加人数を読むことができます。
 その一方,今までとは違った,毛色の変わったことを企画すると,なかなか参加者の動向が予測しきれないこともあります。新しい観察会の企画は,企画内容的にも冒険を含むものですが,参加人数や参加した人の満足度,と言った点も,予測がつけにくく,気になるものです。それでも,長年の経験から,ある程度は予測を立てているのですが……。

 そんな中で,唯一経験した,開催前に収拾がつかなくなることが明らかになった,とんでもない観察会のお話をひとつ,いたしましょう。

 もともと星に関して詳しかった私は,野鳥の会の某支部で自然観察イベントを切り盛りするようになってからも,天体観望会を,いつかはやってみたいと思っていました。天体観望会は,望遠鏡などの機材の持ち込みが大変な上,「曇天中止」となる,リスクの高さもあります。……で,最初のうちは,夕方の時間帯にかかる観察会……「秋の鳴く虫の観察会」などが好適……の「おまけ」として,ちょこちょこっと星を見せるようなことをやっていました。「野鳥の会」の枠組みの中で,「鳥」から完全に離れた観察会は,なかなか実施しにくいと言う面もありましたが……。他の観察会の「おまけ」の天体観望会にしても,重量級の機材の持ち込みは困難。で,鳥を見ている人なら持っている確率の高い,双眼鏡やスポッティングスコープでの天体観望,と言う方法を考え出し,参加者の手持ちの機材で,十分に星を楽しむことができることをアピールしよう,と言うスタイルを作ってゆきました。
 そのひとつの成果が,1986年のハレー彗星ブームの際に実現した,双眼鏡,スコープ持ち寄り+大型双眼鏡持参と言うスタイルでの,「ハレー彗星を見る会」。もともと大きな彗星は高倍率の機材を要求しないので,双眼鏡での観望会に向いています。時期は正月明けの宵空。場所は,バードウォッチャーにおなじみの多摩湖畔。ここなら駅から歩いてすぐの場所で観望会が可能でした。駅前でも冬場なら5等星が見える好条件。寒空の下,約50人の参加があり,彗星はもちろん,秋から冬の星空を眺め,双眼鏡でオリオン大星雲やすばる,ペルセウス二重星団などをを楽しむことができました。このイベントは,双眼鏡,スポッティングスコープの持ち寄りでの天体観望会のスタイルを,ひとまず完成させた,記念すべきイベントになりました。

 しかしその後,就職して忙しくなったり,他に星の解説のできる人がいなくなってしまったり,さまざまな理由から,星の観察のみのイベントには手が出せなくなっていました。

 ハレー彗星観望会から10年後のこと。まだ木星の軌道の外側にいるのに,双眼鏡で捉えることが出来ると言う,巨大な彗星が,少しずつ,地球に近づいていました……ヘール・ボップ彗星です。この彗星なら,都会地でも肉眼で楽に見ることが出来る。双眼鏡を使えば,見事な姿が見える可能性が高い。……10年間眠っていた,「双眼鏡で天体観望会」の構想に,再びチャンスが訪れました。入念に場所と開催日を選定し,イベント名はズバリ,

  「双眼鏡でヘール・ボップ彗星を見よう!」

 開催時期は,月明かりの無い,彗星が宵空に良く見える日。悪天候時の代替日無しの一発勝負。主催者が用意するのは,スタッフの持ち物のスポッティングスコープと双眼鏡だけ。いちばん大きい双眼鏡でも口径80mm。あとは機材持ち寄りです。セルフナビで彗星が見つかるように,丁寧な星図を観望ガイドをA5判のパンフレットにまとめ,50人ぐらいなら楽々対応可能な態勢を目処に,着々と準備を進めました。

 ところが……

 開催予定日の数日前,事務局から連絡が……。その内容は,事前問い合わせ件数が異常に多くなっていると言う話。通常の事務作業にも支障が出かねない状況。開催日の2,3日前には,問い合わせ件数の累計は,あっという間に3桁(!)。
 ハレー彗星の時代,通常の探鳥会の参加人数は,平均100人以上。明治神宮探鳥会では,毎月平均150人近い参加者を集めていましたが,その時代の「ハレー彗星を見る会」が50人。一方,ヘール・ボップ彗星の時期には,通常の探鳥会参加者数はハレー彗星の時代の半分以下。鳥を見ている人に星にも興味を持ってもらう,と言う程度の枠組みであれば,参加人数は30〜40人,多くても50人と予測していたのです。
 問い合わせ件数から類推して,問い合わせをしないで来る人(当然,そういう人のほうがずっと多い)を加えたら,おそらく数百人……どんなに少なめに見積もっても,200〜300人は来る。

 そのとき,準備していたセルフナビ用のパンフレットは,スタッフ用のも合わせて,70部。
 会場のキャパシティから考えても,100人を超えたら,収拾がつかない……。
 まして,夜,暗い場所でのイベントだし……。

 不謹慎にも,開催日直前になって,「雨天中止」を願わざるを得なかったのです。
 曇天中止でもダメ。わずかな晴天を期待し,必ず何人か(いや,下手すると何十人か)来てしまう。
 すっきり潔く,雨が降ってくれれば……

 ………………

 幸か不幸か,開催当日,午後から雨が降り出しました。
 念のために集まったのは,スタッフだけ。
 何故か,安堵感に満ち溢れていました。

 事前に用意しておいた彗星の写真をスタッフに配って,近くのお店で,開催しなかったイベントの反省会(苦笑)と,今後の計画について,いくらか話をして,解散。

 ハレー彗星とヘール・ボップ彗星。どこが違ったのでしょう?
 ハレー彗星は前評判を聞いた世間一般の人たちが考えていたほど,良く見えなかった(天文ファンの間では,すでに予測されていたことですけどね)。一方,ヘール・ボップ彗星は,予想通りに明るくなってきて,マスメディアが騒ぎ出した。もともと「前評判」の無かったところに,突如現れた大彗星(←天文ファンの感覚ではなく,あくまでも一般の人の感覚です)。物見高い人が,どっと動いたとしても,不思議ではありません。しかし,天体観望会の企画立案は,そのような大騒ぎになる前の時期に行っていますから,そこに大きなギャップを生んでいたようです。

 そう言えば,1972年の「ジャコビニ流星雨」の空騒ぎ。
 最近なら,「しし座流星群」の大騒ぎ。
 野次馬根性で動く人がどっと増える天文イベントって,ときどきあるんですよね。
 ヘール・ボップ彗星の騒ぎも,それに近かったのでしょう。
 野次馬根性に忙殺される前に雨で潰れた観望会は,果たして,「結果オーライ」だったのでしょうか?
 私はいまだに,中止になって良かったと思っています。
 開催されていたとしても,収拾がつかなかったでしょうし,変に野次馬根性を煽るだけで終わってしまったかも知れませんから。


 その後の余談ですが,ヘール・ボップ彗星は,都心でも,夕方,西の空を見れば,夕焼けの中にぽっかりと姿が見えるほどの巨大彗星だったのですが,それを認識できなかった人も,多数いたようです。なるほど,「双眼鏡持ち寄り観望会」でも,「彗星を見せていただける」イベントに行って,自分の目で彗星を見てみたかった,と思った人が,多かったのですね。ちょっとした予備知識があれば,誰でも簡単に見つけることの出来た彗星であっても,人に見せてもらったほうが,確実ですからね。

 さて……これを書いているのは2003年の夏ですが,実は2004年の5月ごろ,肉眼で見える明るさの彗星が2つ,同時に見えると言う予測が出ています。この時期に観望会を企画するかどうか,わかりません。2つの彗星が,どの程度世間を騒がせることになるのかも,予測がつきません。
 星のことを人に上手に伝えるのは,なかなか難しいことです。
 星のことをいろいろと伝えたい気持ちは持っていますので,きっと,何らかの形で,誰かと彗星を眺めていることになるとは思いますが,どうしようかなぁ……。


(2003年7月15日記)

→もどる