工場の部品管理と自然環境管理の不思議なカンケイ


 学校ビオトープが流行しています。その出来具合はともかくとして……。
 すごく熱心な先生のもと,豊かな自然環境を作り上げた学校もありますし,校庭の片隅に木を植えて池を掘っただけの学校もあります。中には業者に管理委託してしまった学校も…。

 自然復元作業と言っても,単に木と水を用意すれば済むものではありません。どんな環境を整えてゆくのか,しっかりビジョンをもって,環境管理作業をする必要があるのです。たとえ作業が上手く進んでいるようでも,トンボを呼ぶはずの池で蚊を養殖してしまったりして,思ったように進まないことだってあります。
 たくさんの生き物が調和の取れた形で,ひとつの生態系……エコシステムを形成し,安定的に維持させるのには,それなりの知識と作業量が要求されます。

 実はこの作業量と管理の手間や知識に関して,工業生産現場と,似たようなことが言えます。

 工業の第一歩は,家内工業。クラフトマンシップの世界です。こうした,一人またはごく少人数の手作り,あるいは限りなく手作りに近い製造工程で作られる製品では,扱える部品点数は,せいぜい100点とか,それ以内。これが,一人が管理して組み上げることの出来る限界と見て良いと思います。
 部品点数数百〜数千点となると,より複雑な生産ラインが要求されます。従業員数も2〜3桁必要になってきます。会社組織による工業の誕生です。さらに巨大で複雑な製品を世に送り出すには,開発,部品製造,組み立て,販売と言ったものの分業化や,巨大な資本と,それを統制するだけの企業力が必要になります。もっと大きなものとなると,企業連合体や国家規模のプロジェクトとなります。航空機やロケットなどの大型精密機器類が作れる国,企業が限定されるのは,そのためです。


 さて,ここで話をビオトープに戻しましょう。
 自然の好きな,ごく普通の人が庭にビオトープを作った場合,そこに共生する生き物を,どのくらい管理できるか?……例えば,木を何本か植えて,鳥の餌を撒いて野鳥を呼ぶ,と言う作業をしたら,環境管理の守備範囲内にいるのは,野鳥10種類ぐらいと木が数種類。さらに,虫や野草にまで手を出したとしても,100種を超える生物種を1人で管理するのは大変なことです。
 学校ビオトープの場合,「戦力」になる子供たちは,それほど多くなく,管理に関わっていられる時間もひどく限定しています。先生の能力が高かったとしても,3桁の生物種が把握出来るかどうかでしょう。

 …つまり,この辺りが,家内工業や町工場レベルの管理能力,と見るわけです。

 もう少し広い場所,例えば,大きな都市公園内に設置された,ヘクタール単位の「サンクチュアリ」。こう言う場所は,専従の職員の管理や,ボランティアの協力などで,3桁,条件が良ければ4桁の生物種に目が届きます。さらに広い保護区などを管理するのは,専従スタッフのほかに,もっと多くの人の協力を得る必要があり,場合によっては自治体のバックアップも得て,環境管理をしてゆくことになります。このレベルでは,工業に当てはめれば,自動車産業などの重機械工業レベに匹敵する管理,バックアップ体制が要求されるわけです。
 さらに広いエリアとなると,もう,国立公園レベルであり,本来ならば国家プロジェクトレベルの管理能力が,そのエリアの生態系の維持管理には要求されてくるのですが,現在の国立公園レンジャーの数や,国立公園を支えるボランティア,企業,自然保護団体の能力を見ても,十分に管理能力があるとは思えませんし,事実,5桁に達する種類の生物種とその生息環境全体を,システムとして管理できるだけの能力を持った国立公園は,国内には存在しません


 工業製品における,部品点数10万超の品物と言えば,航空機やロケットでしょうか。
 生物種は,既知のものだけで100数十万種と言われています。これをきちんと把握し,研究して,地球全体の生態系を1つのシステムとして良い状態に維持するには,国際協力プロジェクトレベルの努力が必要なのです。言うなれば,国際宇宙ステーションを作るぐらいの国際協力と世界の協調が必要なのです。……温暖化防止国際会議の状況を見れば分かりますが,それはなかなか難しいようですけどね。


 話を身近なところに戻しましょう。
 個人や学校の敷地の片隅を利用する程度のビオトープでは,管理できる生き物の数も限られていますし,管理する側の人の能力も,たかが知れています。何でも盛りだくさんに,木を植えたり蝶のの食草を植えたり,鳥の水場を作ったりしても,思い通りに生き物が来てくれない……それは仕方の無いことだと思います。

 だったら,こんな発想はどうでしょう。
 「分業」するのです。

 「トンボ池」など,ある程度の面積を必要とする施設は,広い場所を利用できる学校や公共の公園などに作り,その周辺の家では,柑橘の木を植えた「アゲハの庭」とか,実のなる木を多めに配置した「ヒヨドリの庭」とか,花期をずらしながら常に花を絶やさない「ハナバチの庭」など,個性のあるビオトープを効果的に配置して,地域全体としての自然環境を,多くの生き物が住める状態にしてゆくのです。

 一人で何でもやろうと思うと負担が大きく,無理が出る。
 特定の生き物だけ優遇すれば,生態系に破綻が起きやすい。
 みんなが一人一人,少しずつ知恵と環境を出し合って,無理の無い形でシステムを組み上げてゆく。そして,より広い緑地環境をコアにして,地域の連携を広げる。
 それはまさに,戦後の日本で,小さな町工場から世界に工業製品を送り出すまでに成長した,工業の発展と管理システムにも通じる手法なのです。

 学校ビオトープや個人のビオトープを,授業のためだけ,個人の楽しみのためだけで終わらせないで,本当に有効な「自然復元作業」として成り立たせるには,こうした工夫が必要だと思うのですが,いかがでしょうか?

 その舵取りは恐らくは,地域のNPOか,行政に託されるのでしょうかね。
 地域社会のコンセンサスが得られれば,けっこう実現しそうな気もしますが……


(2001年09月18日記)

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