輸入クワガタの謎


 昨年(1999年)から今年にかけて,農水省が外国産クワガタの輸入を大幅に解禁しました。
 2000年7月現在,約50種のクワガタ類が輸入解禁となっています。

 おかげで,今年は全国各地で,「生きている」外国産クワガタを展示するイベントが行われています。子供たちに,大きく,美しいクワガタの生きた姿を見せることが出来れば,きっと喜ぶでしょうし,いままで図鑑でしか見たことのなかった生き物の実物を見る,と言うのは,ワクワクすることです。

 こうした輸入昆虫の背景には,ペット昆虫ブームの過熱があります。つまり,外国産クワガタの輸入を求める圧力は,かなりのものがあったと思われます。現に,輸入解禁前,輸入クワガタはかなりの高値で闇取引されていました。輸入を合法化すれば,こうした騒ぎは,少しは沈静化します。農水省としても,検疫上の問題がクリアすれば,輸入を禁止する理由がなくなってしまいます。

 しかし……

 国境を越えた「移入種」の問題は,過去にたびたび問題になっていたはずです。ペット動物などの目的で輸入され,野生化してしまったアライグマ,フェレット,ミンク,タイワンリス,ヌートリアなどは,各地で生態系に打撃を与えたり,農業被害や,場合によっては住民への直接被害をもたらしています。もちろん,動物だけではなく,古くはアメリカシロヒトリによる食害の問題から,最近では,セイヨウオオマルハナバチの問題まで,外国産昆虫の起こす問題には,私たちは悩まされてきたはずです。虫の移入による影響は,虫の世界だけにとどまりません。たとえば,農業昆虫として輸入したセイヨウオオマルハナバチが野生化して,日本のマルハナバチを駆逐してしまえば,彼らに受粉を頼っている植物も含めた,日本の生態系全体が影響を受けるわけです。
 もちろん,移入種の被害は,日本に限ったことではありません。日本のマメコガネがアメリカ大陸に侵入し,西海岸を中心に大きな被害を出したこともあります。つまり,出す側の国も,じゅうぶんに注意しなくてはいけないのです。

 でも,既に外国産クワガタは生体が輸入されています。
 我々は輸入クワガタをどう扱うべきなのか,輸入した以後のことを考えなくてはいけません。

 ひとつは,野に放さないこと。
 移入種を野生化させないことが,最大限の「環境保全」対策となります。
 一説には,輸入クワガタは熱帯系の種類が多いので,越冬できないから大丈夫,と言う話もあります。しかし,専門家は,熱帯産と言えども高地に生息しているクワガタは,もともと,比較的日本の温度環境に近い場所にいるので,野生化の可能性はじゅうぶんにある,と指摘します。それに,日本には霜の降りない温暖な地域もあるわけですから,そのような地域では,より野性化の可能性が高いと考えられます。
 「ペットだから野生化しないだろうし,野に出ても生きてゆけないだろう」と考えるのは過信です。現実に,飼育しきれなくなったり,飼育に飽きてしまったペットが,どんどん捨てられている国です。石神井公園にワニが出て騒ぎになりましたが,明治神宮ではワニガメが放されて,かなり困ったことになっています。最近では,住宅地の空き地にウサギやハムスターがいたりします。また,きちんと飼っているつもりだったのに,間違えて逃げてしまった,と言うこともあるでしょう。「野に放さないように規制する」と言うのは,非常に難しいことなのです。

 もうひとつ,考えて欲しいのは,あまり物欲に走らないで欲しい,と言うこと。
 ペット購入の動機の何割かは,「所有欲」なのです。

 もし,ブームが起こって,大量の輸入クワガタが売れるようになったら……
 まず,原産国での乱獲が心配です。
 そして,安価に量産するなら,やはり養殖です。
 国内での養殖は,ほぼ間違いなく行われるでしょう。
 しかし,もし,ブームが去って,養殖したクワガタがだぶついたら……一番ローコストな処分法は,そこいらに放してしまうことです
 かつて,「ジャンボタニシ」として輸入,養殖された「スクミリンゴガイ」。結局,思惑ほど需要も伸びず,養殖業者は次々と廃業し,そこから野に出たスクミリンゴガイは,稲作に大きな被害を与えました。
 日本在来種を駆逐し,水田の畦に被害を与えたアメリカザリガニも,もともとは食用ガエルの餌として輸入され,養殖されていたものが,業者の事業放棄によって,野に出たのがはじまりです。

 ……こんな前例が,数多くあるのに,それでも輸入解禁しちゃったんですね。

 もう,これからは,輸入クワガタの生体を手にする人のモラルだけが頼りなのです。
 しかし,すべての飼育者が,日本の自然環境に対するリスクを負っていると言う自覚を持つでしょうか?

 後の祭りですが,輸入クワガタに手を出さないことが,ほんとうなら最善の策なのかも知れませんが……。


(2000年7月29日記)

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