「趣味の山野草」が流行したら…


 ガーデニングのブームと共に,「趣味の山野草」も,人気を集めています。
 園芸店に行けば,山野草の種や鉢植えも売っています。
 中には,「こんなものが商売になるの?」と驚かされるものもありますから,興味のある方は,花屋さんや園芸用品店などをのぞいてみてください。

 さて,本屋さんにも山野草を楽しむための本がたくさんあります。
 図鑑はもちろんですが,山野草の鉢植えを作るための本が多いのには驚きました。
 テレビの園芸番組が関わっている本もありました。

 さらに注目すべき点は,山野草の栽培法を解説した本には,種子からの栽培法が書かれている本が,少ないこと。山野草の入手方法は,人からの分与や,園芸店からの購入などで苗や株を手に入れることを前提にしているようです。山野草の寄せ植えなどの作り方が,事細かに出ている本でも,種子から育てる方法は,なかなか書かれていません。種子から栽培するのは,相当なマニアのすることらしいのです。また,ランの仲間は種子からの栽培が極めて難しく,組織培養によって量産されたものを購入するか,株分けしたものをもらうか,野山から掘ってくるぐらいしか,手に入れる手段がありません。
 先日,テレビの園芸番組でも,山野草の寄せ植えの解説をしていましたが,肝心の山野草の入手方法は判りませんでした。また,野外での採集を厳に慎むような指導もしていませんでした。

 …つまり,「採集してくることを暗に容認している」,と見られてもおかしくない状況なのです。
 そして,実際に山野草の盗掘は,頻発しているのです。
 明治神宮のような,管理された神社林でも,ランやスミレの仲間を中心に,野草が根ごと掘り取られています。それも,かなりの数。去年見つけたコスミレの群落が,今年は数株しか残っていない,と言うような状況です。エビネは30年程前に絶滅。シュンランも,もう,風前の灯です。

 もはや,昔のように,どこにでもある野草を,適当に取ってくる,と言う時代ではありません。
 これだけ山野草趣味が流行すれば,あっという間に人気のある野草の自生地が壊滅状態になってしまいます。
 現在,「絶滅の恐れのある種」をまとめた「レッドデータブック」の植物版には,日本産植物の1/5の種類がリストアップされています。この中には,人気の高い山野草も少なからず含まれています。この数字を,危機感を持って受け止めてもらわないと,山野草の愛好家によって希少な植物を絶滅に追い込むことは避けられません。野草の絶滅種が増えれば,それを食草にしていた昆虫は,間違いなく絶滅します。昆虫や植物の間の共生関係が崩れれば,それを利用している小動物や野鳥にも影響が出ます。こうして,将棋倒しのように,生態系が[悪い方向に]変わってゆくのです。
 しかも,採集者には罪の意識は無い(これは非常に大きな問題です)。採集者が「危機的状況」を理解していないのだから,当然の結果だと思います。

 「野にあるものは誰のものでもないから,持っていっても大丈夫」,「たとえ掘り取っても,自分の家で手厚く育ててやるのだから良い」と言うのは,野草の生育環境が追い詰められている現状を理解しない人の言い分に過ぎません。それに,どんな土地でも所有者がいます。山でマツタケを勝手に取ったら所有者や入り会い権を持った人に訴えられるのと同様,人の土地で山野草を勝手に取ったら,犯罪として訴えられても文句は言えません。まして,保護の対象になっている希少種だったら……(でも,希少種のほうが人気があり,高いヤミ値がつくことも,現実にはあります)。実際に最近,山野草の採集行為で書類送検された事例もあります。

 年配の方に採集の自粛をお願いすると,「老後の楽しみなんだから,自分一人ぐらいが取ったって…」とも言われます。野草の自生地や野草の数そのものが減っているのも事実ですが,高齢化社会のもと,「老後の楽しみ」で採集する人が爆発的に増えているのも,悲しい現実問題です。昔と同じ感覚では,花摘みも出来ない時代が,始まりつつあるのでしょうね。
 また,需要が多ければ商売が成り立ちますから,組織的に山野草を採集して売る商売も,成り立っています。中にはレッドデータブックに載っている植物も,かなり[公然と]流通しているようですが……。

 山野草に限らず,野生の生き物は,その生息環境で,他の生き物との関わり合いや,気象条件などの非生物的な環境との関わりの中で,生きています。特定の種類の生き物を持ち去ると,その環境がどんなことになるのか,想像してみてください。生態系は,いろいろな歯車がかみ合った機械や,石積みの城壁にもたとえられます。歯車が1個抜けた機械は,元のようには上手く動きません。石が1個抜けた城壁は崩れ,ある程度崩れたところで,低い石積みが残るでしょう。石積みの一番上にいた者(=生態的上位者と呼ばれる,猛禽類や肉食獣)は,居場所を失い,姿を消します。
 多様な生き物があってこそ,生態系は健全であり,多くの生き物にとって,住みやすい環境となるわけです。単に「希少種に指定されていないから取っても大丈夫」と言う発想では,自然環境を上手に利用することは難しいと思います。採集行為が「自然破壊」にならないで,うまく持続的に利用できるようにするためには,フィールドの環境をよく眺めて見極める力が必要でしょう。それは決して難しいことではありません。事実,ずっと昔から人が利用してきた「里山」には,経験的に,その知恵があったのです。しかし,今の「山野草ブーム」に乗った採集者には,残念ながら,自然を持続的に利用し,人と自然が共生してゆくための知恵も技術も伝わっていないようです。

 今は「花盗人に罪あり」と言う時代なのでしょう。


(2000年5月2日記)

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