双眼鏡にこだわる


 自然観察をする人なら,かなりの割合で双眼鏡を持っていると思います。
 双眼鏡は,手軽で便利な,自然観察の小道具です。
 私も,野鳥観察の案内をする一方,天文屋でもあるので,双眼鏡や光学器械には,なにかとこだわるほうです。ここでは,おもに野鳥観察を想定した,双眼鏡のあれこれをお話ししましょう。

 まずは双眼鏡の基礎知識
 一般に,双眼鏡のスペックは,「8×30」とか「10×40」とか書かれていますが,これは双眼鏡の倍率と対物レンズの口径(直径)を表したもので,一般に良く使われます。倍率が高いほど拡大して見えますが,視野が狭くなり,手で持って使う場合は手ブレが目立ちます。手持ちで使う場合,倍率は7〜9倍ぐらいが適正です。口径は大きいほど,たくさんの光を集めるので,暗いときに有利になりますが,双眼鏡が大きく,重くなります。
 このほかにカタログから読み取るべき数字は,視野の広さとアイポイント(またはアイクリアランス/アイレリーフ)でしょう。
 視野の広さは,倍率と接眼レンズの設計で決まります。倍率7〜8倍の場合,6〜7度ぐらいの視野の広さを持ったものが標準品です。それより広い視野を持った広角型のものもあります。広角の双眼鏡は,もちろん,視野の広さがメリットですが,像の歪みが大きくなったり,視野の端のほうの像が大きく乱れるものもありますから,選ぶときには実際に覗いてみて確かめたほうがいいでしょう。
 アイポイントは,接眼レンズから像を結ぶ位置までの距離を意味します。アイポイントが長ければ,メガネをかけたままでも,きちんと視野全体が見渡せるので,メガネ使用者は,アイポイント15mm以上あることを目安に,双眼鏡を選ぶと良いでしょう。

 双眼鏡の形式もいくつかあります。一番目につくのは,スリムな「ダハプリズム」タイプと,ちょっと太目の「ポロプリズム」タイプ。もともと双眼鏡が結ぶ像は,上下左右がひっくり返った「倒立像」なのですが,そこにプリズムを組み込んで,像の逆立ち状態を直しています。そのプリズムに2つのタイプがあります。ダハプリズムはコンパクトですが高価で,光学設計に制限が多い。ポロプリズムはその逆です。天文用の双眼鏡は圧倒的にポロプリズムが多いのですが,ダハプリズムは反射面が多いので,性能を重視すると,そうなるんでしょうか。また,最近ではポロプリズムを使った双眼鏡でも,レイアウトを工夫してコンパクトでデザインの良いものが増えていますから,野鳥観察用途であれば,プリズムの形式は,それほど気にしなくてもいいのかも知れません。
 ピントの合わせ方にも2種類あります。左右のピント合わせが1つのノブで同時に動くものと,別々に動くものがあります。前者はCF(Center Focus?……中央繰り出し),後者はIF(Individual Focus?……単独繰り出し)とカタログにかかれています。ほとんどの双眼鏡はCFタイプで,フィールドでの使用はCFのほうが便利ですが,防水型の双眼鏡にはIFタイプのもありますので,ご注意ください。
 CFタイプの場合,左右の視力差を補正するためのノブ(視度補正リング)が,右目側についています。双眼鏡を使うときは,しっかり視度補正してやらないと,片目しか使っていないこともありますので,しっかり調整して使いましょう。

 また,プリズムのない,低倍率の「オペラグラス」も出ていますが,これは「ガリレオ式望遠鏡」と言う,まったく光学設計の違うもので,自然観察などの用途には向きません。


 双眼鏡の使い勝手について
 双眼鏡を選ぶとき,つい,ブランドや光学性能などに目を奪われがちですが,「使い勝手」という面も,ぜひ重視して欲しいと思います。
 例えば,視度補正。多くの双眼鏡では,右側の接眼レンズ付近を回して調整しますが,使っているうちに,ズレやすいのです。視度補正リングがロックできるものや,クリックがついていてズレにくいものなど,最近はいろいろと工夫されていますから,チェックしてみてください。PENTAXのタンクローのように,まったく別の場所に視度補正リングをつけてしまった,アイデア賞ものの設計もあります。
 メガネを使用している場合,アイカップの操作性や耐久性も,要チェックです。
 店頭で双眼鏡をチェックするとき,意外と見落とすのがストラップの位置。私もこれで一度,失敗していて,双眼鏡を買ってストラップをつけてみたら,双眼鏡が斜めにぶら下がる構造で,双眼鏡を首にかけて歩くと,対物レンズ側の先端がコツコツ胸に当たって痛かった,と言う経験があります。しかも,双眼鏡を覗こうとすると,ちょうどストラップが接眼レンズのところに,だら〜っと下がってきて,「目隠し」状態になると言う,ひどい設計(後日談ですが,この設計に関して,望遠鏡・双眼鏡工業会の「JTBショー」で,メーカーの人にさんざん文句を言ったら,翌年のニューモデルでは,きちんと問題のない設計になっていました。言ってみるもんですねー。)。それから,重たい双眼鏡に細いストラップをつけているメーカーも,ちょっと考え直して欲しいですね。自衛策としては,カメラ用のアクションストラップに付け替えると,かなり良いようです。
 また,ちょっと大き目の双眼鏡の場合,テーブルなどに置く場合,対物レンズを下にして置くことが多いんですが,コンパクト双眼鏡の場合,対物レンズ側を斜めにカットしたデザインだったりして,座りのいい置き方ができないのもあります。大したことではありませんが,なんとなく気になります。
 双眼鏡は,気楽に使いたい道具です。ですから,双眼鏡を選ぶとき,「使い勝手」は,光学性能と同じくらい重視しても,損はないですよ。

 広角型の双眼鏡は「買い」か?
 どういうわけなのか,8×30の双眼鏡は,広角型が多いのです。
 …で,何が「広角」で何が「標準」なのか?
 双眼鏡の視野の広さは,倍率と接眼レンズの「見かけ視界」で決まります。接眼レンズの「見かけ視界」を,倍率で割った値が,設計上の「実視界」(=視野の広さ)となります。逆に言えば,「実視界」×「倍率」で,「見かけ視界」が計算できます。標準的な双眼鏡は,「見かけ視界」が50度ぐらい,広角型だと60度以上,中には70度を超える,大胆な設計のもあります。
 「見かけ視界」の広い接眼レンズは,標準的なものに比べると,設計が苦しい。その結果,視野の端っこの方は,像が激しくゆがんだり崩れたりしやすく,ピントの位置も微妙にずれたりしています。さらに問題なのは,アイポイントを長く取りにくいこと。これはメガネ使用者にとっては致命的な弱点です。
 ……結果的に,広角型の双眼鏡のほうが,「使える」視野の面積が,標準型より狭かったりする場合もあるわけです。最近では,標準タイプの双眼鏡でも,視野をやや狭くして,視野全体の見え味が良くなる方向に,設計変更されてきています。カタログ上では視野が狭いのですが,視野全体が使えれば,旧設計の機種よりも,実質的に使える視野は広い,と言う発想なのでしょう。しかも,アイポイントを十分に稼いだ設計になっています。……この辺りが,最近の双眼鏡のトレンドのようで,最近,カタログから広角型の双眼鏡がどんどん消えています。ユーザーがカタログのスペックに惑わされにくくなってきたのでしょうね。

 以前から,双眼鏡に詳しい人は,8×30の広角型よりも,7×35の標準型を選んでいました。8×30(広角型)の視野の広さは8度少々,7×35では7度少々。どちらも同じくらいの大きさ,重さですが,中身はけっこう違うんですね。
 もっとも,最近では,広角型の双眼鏡でも,十分なアイポイントを確保し,かなり満足できる像を結んでくれる,良い設計のものも出てきました。ニコンの8×30など,なかなかの出来えだと思います。以前の8×30と比べると,格段に進化しています。ですから,広角型は使い物にならない,と言うわけではありません。使う人の目的や使い方に合わせて選択すれば良いのです。


 コンパクトな双眼鏡をおすすめします
 ひと昔前,野鳥観察用の双眼鏡の定番と言えば,8×30か7×35ぐらいの大きさの双眼鏡でした。今でもこれを愛用している方は多いと思います。しかし最近では,これより一クラス下の大きさ……口径20〜25mmクラスのコンパクトな双眼鏡が,性能も良くなり,価格も手頃で,持ち歩くのも楽なので,個人的にはこのクラスの双眼鏡をおすすめしています。いま,大手の主要なメーカーでは,コンパクトクラスの双眼鏡に,非球面レンズや新素材のプリズムなど,ひと昔前までは超高級機種で使われていたものを,どんどん取り入れています。しかも,工業デザイン的にも,使い勝手のすぐれた製品がぞくぞくと登場しています。しかも,重さは8×30の半分程度か,それ以下。価格は1〜2万円ぐらい。
 特に最近は,年配の方がフィールドに出ることが多いので,荷物の負担の軽い,コンパクトな双眼鏡は,新たなスタンダードとして定着してゆくのではないでしょうか。また,カメラや望遠鏡を持ち歩く人も,双眼鏡ぐらいは軽くしたほうが,いいのでは?特に望遠鏡は,年々大型化が進んでいますし…。

 コンパクトな双眼鏡で,ひとつ,不安なのは,口径が小さいこと。やはり口径の大きい双眼鏡は,口径なりに性能が良い場合が多いようです。しかし,昼間に鳥を眺めている程度なら,それほど口径の差は感じないはずです。双眼鏡のカタログに出ている「ひとみ径」に注目しましょう。これは,口径を倍率で割った数字が理論値なのですが,これが大きいほど,明るい像を結び,夕方〜夜間の観察には有利です。人間のひとみ径は約7mmですから,これを超えると,双眼鏡が集めた光を,目が受け止めきれなくなります。ですから,双眼鏡は「ひとみ径」7mm以内に設計されるのがふつうです。
 ところが,人のひとみは,昼間だと,せいぜい2〜3mmしか開いていません。8×24の双眼鏡のひとみ径は3mmですから,これでじゅうぶんなのです。8×40とか7×50などの,大口径でひとみ径を大きく設計された双眼鏡は,天体観測などに使うと,口径の差がはっきり出てきますが,昼間は完全にオーバースペックです。

 ……以上のような理由により,私は個人的には,野鳥観察程度なら,コンパクトで使い勝手のよい双眼鏡を,おすすめします。それに,小さい双眼鏡なら,野鳥観察以外の用途も広いですし,どこでも気軽に持って行けますから,結果的には,自然観察の行動範囲が広がります。それに,もし,自然観察に飽きて使わなくなったとしても,価格が安いですから,買ったことを後悔しないで済みます。

 ブランドは信頼の証し?
 双眼鏡を買うなら,有名ブランドを。……この「ブランド神話」,けっこう当たっています。
 特に「薄利多売」を余儀なくされるコンパクトクラスの双眼鏡では,「売れ筋商品」と,そうでない商品の出来の違いは歴然としています。よく売れれば開発費をかけても元が取れる。ですから,たとえ名前の通ったメーカーでも,売れ筋でないコンパクト双眼鏡は,そんなに作りが良いとは思えないものを平気で商品ラインナップに加えていたりしますし,使い勝手もあまり研究されていません。
 一方,高級機種になると,有名な光学メーカーが,メーカーの名をかけて作り込んだ力作があったりするので,ブランドの信頼度はますます上がります。もちろん値段も上がりますが(笑)。
 ニコンの超高級機はドイツやオーストリアの高級双眼鏡と肩を並べる値段と性能を誇りますし,3〜5万円クラスの高級機も,各社の力作がそろっています。このクラスの双眼鏡を買う場合,アフターサービス面も考慮に入れると言いと思います。高くても,良いものを長く使えば,決して高い買い物にはならないと思います。双眼鏡は,左右の光軸が狂いやすいので,しっかりメンテナンスして,目に負担がかからないように気をつけてくださいね。


 さて,日本望遠鏡・双眼鏡工業会では,毎年6月にJTB Showと言う展示会を開催しています。
 その年の新製品などが一度に見られる見本市です。
 具体的な「双眼鏡のトレンド」リポートは,そのときに取材して,御報告いたします。


(2000年4月17日記)

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