「セグロ」がさぁ……


 仲間うちでしか通用しない言葉って,ありますよね。いわゆる「ギョーカイ用語」のたぐい。自然観察をしていると,同じ興味を持った人が集まっているわけですから,同好者の間でしか通用しない言葉が,すぐに発生します。
 いちばん目立つのは名前の省略。「○○カモメ」とか「○○ガモ」などの,共通部分を省略するパターンや,4文字ぐらいに縮めるパターンなどは,しばしば同じものが自然発生します。「ヒドリガモ」「ハシビロガモ」「オカヨシガモ」は,「ヒドリ」「ハシビロ」「オカヨシ」となるわけで,「ビロードキンクロ」は「ビロキン」,「ハイイロチュウヒ」は「ハイチュウ」と言うわけ。「ハシブトガラス」「ハシボソガラス」などは,「ブト」「ボソ」まで縮んでいます。
 珍しい鳥,目立つ鳥など,マニアが注目するものは,さまざまな名前が付けられます。上野に出没していた「クビワキンクロ」は,「クビキン」と言う略称のほか,頭の形がゴリラみたいだから,と言うことで,「ゴリキン」とか「ゴリ」と言った名前を頂戴していました。突然変異(?)で頭の白くなった「ホシハジロ」は,「デストロイヤー」と呼ぶ人がいました(苦笑)。
 ダイバーの間でも,特に目立つ魚には名前をつけて呼ぶことがあります。かつては,「ポンタ」(沖縄の某所のサザナミフグ)とか「弁慶」(日本海側某所のコブダイ)とか,個体に名前のつけられた「有名魚」が雑誌にも紹介されていたけど,今はどうかなぁ……。

 もっとも,世の中には,野生のカラスの個体識別をして,それぞれに名前を付けて呼んでいると言う,すごい人もいますけどね。

 もちろん,生き物の名前だけではありません。地上用望遠鏡(スポッティングスコープ)を「プロミナー」(商品名)とか「フィースコ」(商品名の省略)とか呼んだり,「出る」とか「入る」とか「おさえる」とか,動詞の特殊な使い方に至るまで,さまざまな用語が飛び交っています。

 さて,初心者向けに観察会などをしていると,つい,うっかり,この手の「ギョーカイ用語」を使って,シマッタ!と思うこともよくあります。観察会などの公共性の強い場所での発言は,特に案内する立場にいる場合,誰にでもわかる言葉を使わなくてはいけませんよね。

 モズの仲間は「モズ」のほかに,アカモズオオモズチゴモズなどがいるのですが,接頭語のつかない「モズ」のことを「タダモズ」と呼ぶ人が結構います。とある探鳥会でのこと。みんなでモズを観察した後,ふと気がつくと,初めて探鳥会に参加した人が,「モズ」のことを「タダモズ」と言う名前の鳥だと思っていました。さらに,モズの雌のことを「メスモズ」と言う名前の鳥だと思っていたそうです。周囲の人がみんなで言うから,つい,信じちゃったんですね。これと似た話で,普通の「ツバメ」のことを「タダツバメ」と呼んだり,「オオバン」に対して,「バン」のことを「普通バン」と呼んだり(笑),と言うのも,よくある話です。

 明治神宮の池にオナガガモが飛んで来たことがありました。明治神宮ではオナガガモは珍しいのですが,探鳥会の参加者が「あのー,オナガって珍しいんですか?」と質問してきて,ハッと気づきました。もちろん,この質問は「オナガ」と言うカラス科の鳥を意味しているのではなく,「オナガガモ」を意味しているのでしょうけど,よく見ると,確かに周囲の人も案内役の人も,けっこう「オナガ」と言っていました。これはまずい……(冷汗)。

 別の探鳥会での話。セグロカモメらしき鳥が飛んでいるのを見つけました。「あれはセグロかなー」「セグロってさぁー」……「セグロ」の大洪水です。で,ちょっと意地悪して,リーダーの人に「え?セグロセキレイですか?セグロイワシですか?セグロバッタですか?」と切り返してみました。何を言いたかったのか,分かってくれたかなぁ……。

 私自身も,「鳴く虫観察会」で,時々「アオマツ」(本名「アオマツムシ」)と発言して,あわてて訂正を入れたのですが,既に手遅れで,周囲の参加者が「アオマツ」を連呼するようになってしまったと言う経験があります。コオロギ類の「○○コオロギ」も,しばしば「コオロギ」を落としてしまいますね。

 仲間うちの言葉は楽しい。楽しいけど,周囲に壁を作ってしまう。その特性を理解し,自然観察案内をするときは,極力,「ギョーカイ用語」を避けたいと,心に誓うのでありました。

#探鳥会で「鳥屋ギョーカイ用語」を振り回して遊んでいるおっちゃんが,「女子高生コトバ」に文句言ってたりするんだから,笑っちゃいますけどね……。


(2000年3月25日記)

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