いちばん好きな鳥は?


 あなたはバードウォッチャーですか?
 もし,鳥に興味があるなら,あなたの好きな鳥は?

 ……野鳥観察の好きな人たちが集まると,たとえば自己紹介などをするときに,「好きな鳥は?」と言う話が出てきます。
 身近でかわいい鳥,ちょっと珍しくて綺麗な鳥,憧れの鳥など,人によってさまざまな答えが返ってきます。
 でも,私はいつも,これに悩まされています。
 実は私は,自分の「好きな鳥」が,わかりません。

………

 いま,これを書いているのは3月。暖かい陽射しに誘われて,ふらっと近所に出かけたくなります。そんなときに,シジュウカラが木の枝の先のほうでさえずり始めると,ああ,春が来たんだね,いいなぁ……と,つい,喜んでしまいます。近くの水辺では,ハシビロガモが北への大旅行の準備なのか,水面で一所懸命,くちばしを動かしています。これも,ああ,いいなぁ……と思います。
 あと1ヶ月ぐらいすると,近所でスズメの雛の声が聞こえたり,ツバメが飛んでいるのを見つけたりします。いいなぁ,こういうの……。

 じゃぁ,何でもいいんじゃないのか?と言うと,そうでもありません。人がバラ撒くパン屑に群がるオナガガモは,かなり嫌気がさしています。どんな珍しい鳥であろうと,飼育されたり餌付けされたりしていると興ざめです。アイドルの「追っかけ」のようにカメラマンが野鳥に群がるのも,あんまり好きじゃありません。

 つまり私は,「あるがまま」の生き物の姿に出会えた幸福を,最も好むのです。ですから,鳥さえ見られれば良いのではなく,鳥と,その鳥が生きている環境や季節が,きちんと調和し,その鳥らしく「生きている姿」を観察したときに,心の底から喜びが湧いてくるのです。それは鳥に限ったことではなく,どんな動植物でも,そう感じます。
 ひとことで言えば,私は「バードウォッチャー」ではないのでしょう。強いて言うならば,「自然環境ウォッチャーと言ったところでしょうか。ですから,特に何か特定の鳥や動物などを見る目的で,どこかに出かけてゆくようなことは,まず,ありません。もちろん,どこかに出かけたときは,なるべく自然のよく残っている場所を選び,自然の中を歩き,1つ1つの出会いを楽しむようにしていますが,どうしても,どこかに迷い込んだ「珍鳥」1羽を見るために行動を起こす気にはなれません。まして,餌を撒いて鳥をおびき寄せる気なんか,まったくありません。

 「野鳥観察は一期一会だ」,とおっしゃる方がいます。たぶん,その通りだと思います。それは,野鳥の観察に限ったことではなく,自然観察全般に言えることではないでしょうか?たとえば,花の季節にうまく巡り合わなければ,野草の花を楽しむことは出来ないわけです。蝉時雨を聞きに行っても,雨が降れば台無しです。私は夏に,変形菌の胞子体を観察したときは,すごく感動しました。だって,変形菌の胞子体が,図鑑にあるような典型的な形を維持できる時間は,半日もないのですから,これは素晴らしい「偶然の出会い」なのです。
 ……つまり,自然観察における「一期一会」って,雨上がりに虹を見たときの喜びのようなものなのですね。予期せぬ出会いと,それに気づく柔らかな感覚…。

 では,「一期一会」の楽しみを,どうやったら,たくさん味わえるのか?

 積極的に外に出ることは,多分,必要でしょう。
 事前にいろいろと情報を集め,珍しい鳥のいる場所に出かけるのも,いまどきのバードウォッチャーの常識なのかも知れません。しかし,そうやって情報を事前に得ているのですから,それは「一期一会」と言えるかどうか,少々怪しいですが…。同様に,餌を撒いて鳥をおびき寄せる事だって,「予期された出会い」に過ぎません。
 私はあえて,そのようなことはしません。必要なのは,いろいろな自然に気づき,感じ,理解する感覚器と知力を磨くことです。そうすれば,身近な自然の中にある,小さな「一期一会」にも,たくさん気づくことが出来ます。その1つ1つに,発見の喜びがあり,その場面に出会えたことの幸せがあります。

 ある自動車ライターが,ドライバーがベテランになると,道路状況に対して従順になり,周囲から手に入れる情報量が増える,と言う趣旨のことを書いているのを見たことがあります。自然観察でも,似たようなことが言えるのかも知れません。自然観察の初心者は,つい,自然環境に対して過剰に働きかけてしまったり,「なんにも無いじゃないの?」と観察を投げ出してしまったりしますからね。有能な自然観察者は,彼の置かれている自然環境からさまざまな情報を受け取り,さまざまな観察ができ,それでいながら,あくまでも自然には従順,……と言うことなのかも知れません。
 自分が置かれている,その場での,周囲からの情報収集力……要するに,「気づくか気づかないか」の差は大きいと思います。

 好きな鳥を追いかけるのも,バードウォッチャーの1つの楽しみです。でも,「自然派」を目指すなら,周囲が見えなくなるほど鳥に入れ込まないようにしたほうが良いような気もします。なにかと,野鳥マニアに風当たりの強い昨今ですし……。


(2000年3月7日記)

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