老舗プラネタリウムの閉館


 渋谷の五島プラネタリウムが,2001年3月で閉館されます。

 直接の理由は,観客動員数の減少。
 今は最盛期の1/5程度なのだそうです。

 施設のその後の利用方法についても,学芸員の方々の再就職先等についても,今は白紙状態だそうです(2000年2月現在)。

 五島プラネタリウムは,戦後の東京に,はじめて出来たプラネタリウム。1957年の開館以来,多くの人達に星空をの夢とロマンを与えてきました。一般投影のみならず,幼稚園児から大人まで,幅広い対象年齢に合わせたきめ細かい番組制作,「星と音楽の夕べ」や「星空ファンタジー」などの音楽プログラム,さらには「星の会」を組織して第一線の天文学者の講演を行ったり,セミナーや観望会の開催など,実に多彩なプログラムがありました。五島プラネタリウムをモデルにして設計,運営したプラネタリウムも数多く,まさに日本の天文教育の先駆けとなった施設でもありました。
 また,「娯楽の殿堂」(開業当時のコピー)東急文化会館の最上階という立地条件を生かした,「星空を見せる」というエンターテイメントの草分けでもあったわけです。
 投影機は開業当時のままのZEISS 4型。1000Wの電球を光源にした,暖色系の星像は,最新鋭機種のようなリアルさはないものの,非常に精巧に作り込まれ,正確な星の位置を示してくれます。地平線を示すシルエットも,1971年の改修以後,あえて手を入れていません。これが,かえって東京育ちの人には,ホッとさせる風景だったりします。
 渋谷で生まれ育った私は,五島プラネタリウムに毎月通い,星の会にも入っていました。特に「星と音楽の夕べ」のファンで,ときにはデートコースに使ったりすることもありました。子供時代の私の星に関する基本的な知識は,五島プラネタリウムと,川崎市の青少年科学館のプラネタリウムで得たものでした。

 いまは公営のプラネタリウム館が全国にたくさんあり,さまざまな演出をして,星空を見せています。民営のプラネタリウムは,東京には他に,サンシャインプラネタリウム,まちだ東急スターホール,ベネッセスタードームぐらいしかありませんが,公営のプラネタリウム投影機は,都内だけでも30ヶ所ほど設置されています。
 娯楽施設としてのプラネタリウムは,1978年に,サンシャインプラネタリウムが日本で初めて,100台を越える補助投影装置を使い,コンピュータによる自動運転を駆使し,声優を起用したドラマ仕立てのストーリー展開をのオート解説を導入した最新鋭の機械を設置して登場。この第1回目の番組を見たときは,度肝を抜かれました。以降,急速に機材も演出方法も発展し,プラネタリウム番組を制作する会社も生まれました。公営のプラネタリウムの中にも,積極的に番組配給を受け,オート解説の演出力を売り物にするところも増えました。そんな時代の流れの中,ライブ解説に徹していた五島プラネタリウムは,前時代的なのかも知れませんが,非常に柔軟でぬくもりのある解説で,解説者の判断によって最新の天文情報が随時追加されることで,3ヶ月ぐらいは番組内容に手を入れることの出来ないオート解説にはない,良さがあったのも確かです。現に,公営館でもオート番組にライブ解説で補足を加えているとことも多く,ライブ解説中心の番組を作っているところも,観覧者の支持を得ています。

 渋谷という,エンターテイメントの充実した街にあったことが,結果的には五島プラネタリウムを早期に廃館に追い込んだ面もあります。でも,そう言う場所にプラネタリウムがあったことは,素晴らしいことだったとも言えます。なにしろ,映画館4館と肩を並べて,東急文化会館の「看板」だったのですから。

 今はエンターテイメントが豊富な時代だから……と見る向きもあります。
 しかし根本には,私たちが日常生活の中で,星空へのロマンや,憧れを抱けなくなってきている,と言う点が,人々をプラネタリウムから遠ざける一因になっているのではないでしょうか?
 そして,本物の星空からも,美しい星空の見える自然環境からも……。


(2000年2月21日記)

→もどる