野生生物を食う


 「野生生物を食う」と言うと,なんか,ひどく野蛮なイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。
 大昔,狩猟採集の時代なら,人間の食べているものはすべて野生生物だったわけです。より安定した食料供給を求め,より多くの人間を養うことを可能にするため,農耕や牧畜が生まれ,野生の植物とは一線を画す「作物」が作られるようになり,野生動物とは少しばかり違う「家畜,家禽」が誕生したわけです。現在の人間の数を養うには,作物や家畜,家禽は,なくてはならないものでもあるわけです。いきおい,野生生物に栄養源を頼らなくなっている……。
 ところが,野生生物をまったく食べていないかと言うと,そうでもありません。
 例えば魚。今でこそ,栽培漁業や養殖による増産が図られていますが,例えばサンマやイワシなどのように,回遊魚で生態がはっきりわかっておらず,「野生」のものを捕獲して食卓に届けている魚も少なくありません。ウナギは養殖されていますが,「野生の」稚魚を捕獲して養殖しているのが現状で,産卵から稚魚になるまでの生態は,いまだに謎なのです。言い方を変えれば,彼らはいつ,この世の中から姿を消してもおかしくない,と言う危険性を持っている,とも言えます。

 一方,「天然もの」や「自然のもの」を食べる流行もあり,わざわざ野草を食べたり,キノコ狩りに行ったり,釣りに行ったりして,「野生生物」を食べようとする人たちもいます。クマやイノシシを食べたりする人もいます。ここまで来ると,単に珍しいものを食べたがっているだけなのかも知れませんが……。
 しかし,野生生物を食べるのも,農薬などの危険性がないから良い,とは言いきれません。別のリスクがあるのです。例えば,クマの肉を食べてトリヒナに感染し,一生涯,この厄介な寄生虫と付き合わなくてはいけなくなった人もいます。川魚やモクズガニ,サワガニなどから寄生虫に感染した例もあります。
 最近のアウトドアブームで,山菜が根こそぎなくなってしまった地域もあります。こうなると,自然破壊以外の何者でもありません。再生不可能なダメージを与えるほどの採集は,好ましいことではありませんね。結局は,山菜の愛好者が,自分で自分の楽しみを奪っているのです。もちろん,山菜に限らず,「天然の」山野草を収集する人にも,同じことが言えます。
 キノコの場合,採集行為による自然破壊に加え,キノコ中毒と言うリスクもあります。

 こうして考えてみると,「天然もの」が必ずしも「良い」とは言いきれなくなります。現代人である我々は,野生の生き物を食物として利用する知恵を,かなり失っていると考えてもいいのかも知れません。

 気づかずに食べている野生生物。意識して採取して食べている野生生物。そのどちらにも,かしこい利用法が問われているのではないでしょうか。特に「趣味」で取って食べているものは,採集者個人個人の意識が,自然環境やあなた自身の身の安全をを守る鍵となります。興味本位で採集する前に,ちょっとだけ考えてみませんか。


(1999年12月26日記)

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