インフルエンザは渡り鳥に乗って……


 寒くなるとインフルエンザが流行します。もともとインフルエンザウイルスは,乾燥しかかった粘膜から侵入しやすいので,寒くて絶対湿度が低下し,粘膜の抵抗力の落ちる冬に感染しやすいのですが,毎年,「今年は○○型が流行ります」と言った報道があるように,年によって流行するウイルスのタイプが違います。ですから,前の年にインフルエンザにかかって免疫が出来たとしても,それが次の年に流行したインフルエンザウイルスには効かないことが多いのです。でもって,毎年,インフルエンザに悩まされる。
 よくもまあ,毎年違うタイプのインフルエンザウイルスが現れると思いませんか?
 これにはちょっとしたカラクリがあります。

 インフルエンザウイルスは人だけに感染するものではありません。多くの動物で,その種に特異的に感染力の高いインフルエンザウイルスが存在します。たとえば,豚に感染するものは「豚型」,鳥は「鳥型」と呼ばれています。ニワトリの重要な伝染病として知られている「家禽ペスト」の原因ウイルスも,「鳥型インフルエンザウイルス」の1つのタイプです。
 ところが,インフルエンザウイルスの感染相手は,1種類の動物ではなく,たとえばヒト型のウイルスは豚に対しても,多少の感染力があります。豚型のウイルスも,ヒトに感染することがあります。豚型と鳥型の間でも,このような相互感染の関係があります。これが,いろいろなタイプのウイルスを作る原因にもなっています。つまり,豚の体内で鳥型ウイルスと豚型ウイルスが混合感染した場合,鳥型のウイルスと豚型のウイルスの間で組み替えが起こり,新しいタイプのウイルスを生み出すことがあります。さらにこれが,ヒト型ウイルスと混合感染した場合,鳥型ウイルスの特徴が導入されたヒト型ウイルスが生まれる可能性があります。そして,鳥型インフルエンザウイルスは,渡り鳥に乗って長距離移動します。
 北大の研究者グループが,シベリアの水鳥の繁殖地で,インフルエンザウイルスがプールされていることを突き止めました。面白いことに,ニワトリがバタバタ死ぬほど病原性の強い「家禽ペスト」タイプのウイルスに水鳥が感染しても,症状はほとんど出ません。しかし,腸管の細胞でウイルスが増殖し,糞と共に大量のウイルスが環境中にバラ撒かれます。これが豚を介して,ヒトにとっては「新型」のインフルエンザウイルスとなって,猛威を振るうのではないかと言われています。つまり,いわゆる「ロシア型」のインフルエンザウイルスの起源を,渡り鳥に求めることが出来るようなのです。夏に,シベリアで繁殖中の渡り鳥が持っているウイルスを調べれば,その年の冬の流行予測が出来るかも知れない,と言う話もあります。
 一方,香港を始め,中国南部では,人と豚と鳥(ニワトリやアヒルなど)が,ひとつ屋根の下で暮らしたりする例も多く,これが新型インフルエンザを作る元になっているのではないかという指摘もあります。また,ヒトはヒト型と豚型のウイルスに感受性があるが,他の動物種のウイルスは感染しない,と言うのが,長い間,定説となっていましたが,1997〜1998年のシーズンに,鳥型の特徴を持ったウイルスが直接,人に感染したのではないかと思われる例が香港で発見されました。このときに見つかったインフルエンザウイルスの流行では,人の死亡例が出ています。日本でも高齢者や子供を中心に,急性髄膜炎を起こして死亡する例が出ました。
 こうしたウイルスの伝搬にも,渡り鳥が関与しているようです。
 あなたが今,感染しているインフルエンザも,渡り鳥やニワトリ,豚,人などをめぐる,大きな生態系の流れの中で出会ったウイルスに感染したものだと思えば,自分が「生態系」の一員として位置づけられていることを実感できることでしょう……って,そんなこと言っている場合ではないですよね(失礼しましたー)。

 でも,だからと言って,「渡り鳥は危険」と言うのは早計です。鳥から人にインフルエンザが感染する例は,ごく稀なものです。また,インフルエンザは手洗いやうがいなどで,ある程度予防することが出来ます。体力的に弱い人は,冬場,あんまり野鳥に(もちろん,野鳥の糞にも…)接触しないほうが安心だと思いますが(特に餌付けをしている人は注意してくださいね)……。

☆もっと詳しく知りたい方は,
家畜衛生試験場のインフルエンザ情報や,
国立感染症研究所のインフルエンザ情報をごらんください。


(1999年12月26日記)

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