高齢化社会


 相変わらずの「中高年のアウトドアブーム」です。
 山に行けば中高年ばかり。
 山の遭難事故の70〜80%は中高年が占めるという話もあります。
 山での中高年の人口比よりも,さらに多いようですね。
 と言うことは,中高年の山行のリスクは高いと言うことなのでしょう。

 中には,日本百名山の制覇を目標にしている人も少なくないと言います。
 驚くほど無理なスケジュールを組む例も多いらしい。
 そんな危険を犯してまで,なぜ,山に入れ込むのか?
 ある年配の登山者の話では,体力のあるうちに出来るだけ多くの山に登頂しておきたいのだそうです。……つまり,彼らには「時間がない」と言う「焦り」にも似たものが原動力となっている場合もあるようなのです。その結果は,登頂経験のわりには山の危険を知らない,アンバランスな状態を生み,登頂経験数が「キャリアがある」と言う誤解を生み,事故にも繋がっているようですし,山でのルールやマナーを守らない(と言うよりは,ルールやマナーを良く理解していない),悪質な登山者を増やしいているようです。
 このような無謀な登山者には,年を取ってから山登りを始めた人が圧倒的に多く含まれています。言い方は悪くなりますが,老後の楽しみというか,生き甲斐探しのために,山に入れ込んでしまう人も多いのではないでしょうか?
 このような,老後の楽しみで登山を始めた人のための教育の必要性も,最近では指摘されるようになっています。

 実はこれとほぼ同じことが,自然観察の世界でも起こっています。
 特に探鳥会を見ていると,その傾向は顕著です。
 今,日本野鳥の会の新入会員の平均年齢は,ほぼ50歳です。
 東京都内で開催される探鳥会では,多くの探鳥会で,参加者の平均年齢が60歳に達しています。しかも,入会3年以内の人が圧倒的に多い。つまり,ごく最近になってから,野鳥観察を始めているわけです。
 もう少し詳しく見ると,探鳥会参加者のうち,男性は60代,70代が多いのに対して,女性は50代にピークがあり,その次に多い年代が60代となります。……つまり,「鳥」を始める契機は,夫の定年,あるいは,女性の場合は子育てからの開放,ということが想像されます。
 この年代に特徴的なことがいくつかあります。
 ひとつは,マニュアルに忠実なこと。
 服装から持っている道具,用語に至るまで,入門書や雑誌などの情報が普及しています。
 それから,探鳥会に「デビュー」する前に,かなり勉強していること。
 どうやら探鳥会は,ある程度の知識がないと恥ずかしくて参加できないらしいのです。とんでもない! もともと探鳥会は,初心者の道標となるべきイベントです。それがいつの間にか,経験豊富なベテランの存在が嫌われるようになってしまったのです。
 そして,決定的な特徴が,ライフリストにこだわる人が多いこと。
 ライフリストとは,1人の観察者が生涯で見た鳥の種類数を指します。多くの人が,200種,300種といった目標を掲げています。「日本百名山」の制覇と,コンセプトは同じですね。
 ライフリスト自体は,良い目標になりますから,否定されるものではありません。問題なのは,アウトドアでの基本的なルールやマナーよりもライフリストが優先されてしまう場面が,多々あることなのです。とにかく登頂数を稼ぐ中高年登山家と,ライフリスト稼ぎに精を出す中高年バードウォッチャー。どちらも根っこは同じなのでしょう。
 いきおい,探鳥会での参加者の希望も,珍しい鳥を見ること,多くの種類の鳥を見ることに傾きます。正直言って,ちょっとマニアック過ぎます。しかも,観察者に精神的余裕がない。ひとつの探鳥会で,すべての参加者が同じように同じ鳥を観察できるとは限りませんが,一部の参加者しか見られなかった鳥がいたりすると,不公平感を訴える参加者も少なくありません。鳥の見られた,見られないで喧嘩腰になるのは,ちょっと大人気ない。また,鳥以外のものに興味を持ってくれず,より良い条件で鳥を見るために植生を傷めつけたり,事情を知らない一般の人との間でトラブルを起こす例もあります。

 その昔,探鳥会はもっと寛容でした。いろいろな年齢層を受け入れることが可能でしたし,誰もが観察を楽しめました。時代や環境条件によって,フィールドマナーは異なってきますが,少なくとも今よりは,フィールドマナーはしっかり守られていました。
 ある意味では,探鳥会の「大衆化」が進んだのだ,とも言えます。観察者の数そのものは,飛躍的に増えています。しかし一方では,非常に興味の範囲が狭くなり,マニアックな活動に陥ってしまったとも言えます。

 しかし,これをすべて「高齢化」のせいにはしたくありません。
 探鳥会で観察案内する側の,環境教育に関する意識と,環境教育を行う能力も問われているのではないでしょうか。
 生き甲斐のために野鳥観察にのめり込んでしまった人に環境教育をするのは,並大抵なことではありません。彼らには時間がないのですから。それよりも,ライフリストが優先される場合も多いのです。しかし,探鳥会のおかげでフィールドが荒れた,と言われるようでは,探鳥会失格です。探鳥会は,野鳥の会の自然保護思想を普及啓蒙する窓口なのです。鳥を見る楽しみを提供する以前の問題として,野鳥を守り,自然を守るための環境教育を,きちんと行えるようになって欲しいものです。


(1999年12月24日記)

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