やがて悲しきバードウォッチング


 早春の探鳥会でのこと。

 数十人の参加者を連れて歩いていたとき,先頭にいたスタッフが,防鳥ネットにからんでいる鳥を発見。
 中型の鳥。ムクドリのような色に見えました。
 さっそく,ネットの近くで作業をしている人に断りを入れて救出に。
 救出された鳥はシロハラでした。都市部ではちょっと珍しい。観察歴の短い人には,初めて見る野鳥かも知れません。
 騒ぎに気づいた探鳥会参加者が,だんだん集まってきます。

 さて,この鳥をどうするか。迅速で的確な判断が要求される場面です。
 スタッフ仲間は,私が獣医であることは知っているので(注:探鳥会参加者には,このことは明かしていません)この手のことは,ほぼ100%,私に委ねられています。と言っても,診療する道具を持っているわけでもありません(私は開業獣医ではないのです)。仕事場に行けば,多少の道具はありますが,そこまで2時間はかかります。輸送用の箱も持ち合わせがありません。しかも,今日は日曜日。
 シロハラは,必死に私の指を噛んでいます(痛いんだよ,これが……)。痛いのを我慢しながら,外傷や骨折のチェックなどをさーっと済ませ,無傷であることを確かめ,飛べそうなので,「すぐに放鳥」と言う判断を下しました。まぁ,放して逃げないほど弱っているのなら,また捕まえればいいんだし,捕まらない程度の元気があるなら,なまじ人間が手を出すよりは,そのままにして回復を待つのがベストなのです。
 シロハラを手にしてから「診察」して放鳥を決めるまで,わずか1,2分。この速さが,鳥を救う確率を上げるのです。

 ところが,ここから先が大変でした。
 野次馬のように集まった参加者をかき分け,「外傷もなく,飛べそうなので,すぐに飛ばしまーす!」と言いながら,スペースを空けます。中には,「もうちょっと見せてください」と手の中を覗き込む人もいますが,人命優先,いや,鳥命優先。無視して作業を進めます。
 保定をゆるめると,……飛びました!……でも,超低空飛行です。何とか近くの藪に着地しました。そこでしばらく,回復を待ってもらえば,何とかなりそうです。
 これで一件落着!
 ……と思ったら甘かった。

 藪に身をひそめたシロハラを,探鳥会の参加者が取り囲み,みんなで双眼鏡で見ています。「シロハラが見られた」と大喜びの人。「放すなんてかわいそうだ」「獣医に見せればいいのに」とぶつぶつ言いながら,やっぱり双眼鏡で見ている人。「こんなに近くでシロハラが見られることは滅多にないからね」と,周囲の人に話している人……。

 あー,探鳥会なんて,所詮,珍しい鳥を見せる「見せ物」的な使われ方をしているんだよなぁ,……と,一人で落ち込むばかりでありました。この一件が参加者にどういう印象を与えてしまったのか,私の取った処置を見た参加者は,どう思っていたのか,思い返すだけで気が重くなります。もうちょっと参加者の志向や考えかたを見極めて,「この鳥は私が治療して放します」な〜んて言って持ち帰ったら,カッコ良かったし,その場が丸く収まったかも知れない。けど,それをしたら,シロハラはもっと,生存の可能性が低くなっていたでしょうから,私は絶対にそんな芝居がかったこと,やりたくない。で,結果的に,参加者に対する環境教育よりも,野鳥の命を優先させたわけなのですが,どうもすっきりしない顛末でした。

 こんなことで落ち込むんじゃ,やっぱり自分は臨床獣医には向いていない。それだけは確かだ……。


(1999年12月15日記)

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