ドングリを拾う婦人


 もう,何年か前の話です。
 11月の探鳥会でのこと。
 参加者の1人が,残り少なくなったドングリを山のように拾い集めています。
 私の案内する探鳥会では,観察の際,なんでも採集行為を禁止すると,じゅうぶんな環境教育効果がない,と言うことで,「ドングリ1個,落ち葉1枚」レベルの採集は黙認し,それを上手く利用して,実体験型の演出を試みています。
 ……とは言うものの,ビニール袋いっぱいのドングリ,と言うのも,ちょっと……。

 あまり口をすっぱくして文句を言うのも大人気ないので,それとなく,その御婦人に聞いてみました。
「随分と拾いましたねー」
「あ,これね,うちの近所の○○川にオシドリが1羽来たから,あげようと思って。……ほら,オシドリってドングリが大好物だってナチュラリストの××さんが言っていたでしょ。」
「でも,そんなにたくさん,どうするんですか?」
「冷蔵庫にとっておいて,少しずつあげるの。パンの耳なんかもらっているより,ずっといいでしょ。」

……まぁ,そうかも知れない。
でも,オシドリだって,ドングリだけ食べて生活しているわけじゃない。
 ドングリの落ちる季節は1ヶ月ぐらいしかありません。しかも,東京では,ドングリが落ち終わった頃に,やっとこオシドリが渡ってくる,と言う状態なのです。11月のドングリは,あらかたゾウムシなどに食われているし,冷蔵庫に保管しても,乾燥するので,どれほど日持ちするのか……。第一,ここにいるオシドリやカラ類だって,このドングリを利用しているわけなのだから,そのことを考えたら,袋いっぱいにドングリを持って帰る気持ちにはなれないと思うけど……。
 さらに聞いてみると,そのドングリを川に撒く,と言っていました。「○○川」はコンクリートで3面を固められた川。ドングリを投げ込んでも,あっという間に沈んで,何の役にも立たないでしょう。「○○川」の水鳥たちも,ずっと川にいるわけではなく,餌を取りに飛び回っているわけだから,そんなに餌のことを心配する必要はないはずです。

 とりあえず,「オシドリはドングリのみに生きるにあらず」と言った趣旨の説明をし,あまり大量のドングリを拾うことは自重してもらうようにお願いしました(この探鳥地は,本来は採集行為禁止の場所なのです)。その後,この御婦人がドングリの一部を森に返したかどうかは,知りませんが……。

 このエピソードから,いくつかの教訓を学びました。
 ひとつは,「オシドリ=ドングリ」と言った,短絡的な情報が一人歩きしていること。確かに,水鳥であるオシドリがドングリを口にするのは面白い話です。でも,だからと言って,ドングリを集めてオシドリを餌付けしようと言う人が現れるのは,ちょっと情報の伝わり方がおかしい。その御婦人がオシドリの話を聞いたという人物は,「プロ」を自称するナチュラリストです。プロの方は商売柄,話を面白く脚色する傾向があるように思います。そんな,ちょっとした脚色が,一人歩きしてしまったのかもしれません。アマチュアとは言え,自然解説で年間延べ1000人近い人を相手にしている私としても,「事実を正確に伝えること」,「自然の面白さをどう伝えたらいいのか」と言う問題を,考えさせられました。
 もうひとつは,「オシドリのため」と言って,わざわざ「好物」を集めて餌付けする,と言う行動の背景にあるもの。オシドリがドングリを口にする期間は,1ヶ月もありません。それを「好物だから」と言って保存して与えることが,本当に鳥のために良いことなのだろうかと言う疑問が起こります。「うちの子はチョコレートが好きだから,毎食,御飯の代わりにチョコレートを食べさせてるのよ」などと言うお母さんはいないでしょう? 野鳥はいろんな食べ物を少しずつ口にすることで,栄養バランスを保ち,食中毒や感染症のリスクを軽減しているのです。それに,餌が分散することは,餌となる植物の負荷も減らします。「鳥が喜んで食べるから」と言う理由だけで,「鳥の喜ぶ餌」を多量に撒くことが,果たして本当に鳥のため,自然環境のためになっているのでしょうか?
 さらに,これは個人的な教訓ですが,少々,「アマチュア」の限界を感じました。やはり,「プロ」を名乗っている人や,その筋の「有名人」の発言は重い。どうしても「アマチュア」の意見よりも「プロ」の意見が優先されてしまいます。まぁ,こちらも口下手ですから,プロみたいに上手に説明できませんしね。
 私自身は,野鳥のこと,自然観察のことに関しては,それで飯を食っていない(=専門外)のだから,探鳥会では,平日の肩書きを一切持ち込まず,あくまでも1人の「アマチュア」の立場でやっています。その私でさえ,自然解説内容には誤認や誤解のないように,かなりの注意を払っているのです。自然解説の「プロ」を自称する方なら,少なくとも私以上に,自分の発言内容に責任を持って欲しいなぁ…。


(1999年12月12日記)

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