チョッキリ!


 8月。
 雑木林を歩いていると,コナラの枝先が,青い葉を付けたまま,たくさん落ちていることがあります。




 拾い集めてみると,ほとんど同じ長さ。葉っぱの枚数もだいたい一緒。
 明らかに切り落とされたような切り口。
 一体,何者がこんなことを……?

 この時期,木の枝を落とす可能性のある生き物は,リスやネズミの仲間,カミキリムシの仲間,チョッキリの仲間などが考えられます。
 都会地ですからリスやムササビは考えにくい。
 カミキリムシかチョッキリが候補となりますが,実はこの写真に決定的な証拠が含まれていました。

 その証拠は,すべての枝に,ドングリの若い実がついていること。
 これは,ハイイロチョッキリがドングリに産卵した後,枝を落としたものです。
 シロスジカミキリやミヤマカミキリもコナラの枝先をかじって食べるので,枝が落ちることがありますが,必ずしもドングリを付けて落とすとは限りません。



 ドングリを含む枝先を,短く切り落としています。どの枝もこのような位置で切れていて,明らかに切り落とす位置を狙っています。


 さらに確認です。
 ドングリにしっかり,産卵した跡がありました。



 成熟前の,まだ果皮のやわらかいドングリに穴を空けて卵を産んでいます。


 なぜ,ハイイロチョッキリはドングリを落としてしまうのでしょう?
 同じコナラに卵を産むシギゾウムシの仲間は,卵を産んでもドングリを落とさず,幼虫はドングリの中身をしっかり食べて,秋に落果してから外に脱出し,蛹になります。ドングリから,より多くの栄養を手に入れるなら,シギゾウムシのやり方のほうが有利だと思われます。

 その謎を解くヒントは,チョッキリに近い,オトシブミの仲間にありました。
 オトシブミの仲間は,葉を巻いて,その中に卵を産みます。
 その,卵を入れた「ゆりかご」を,どうするか……
 エゴノキの葉を巻くエゴツルクビオトシブミは,葉を完全には切り落とさず,木に残しますが,コナラやクヌギの葉を巻くオトシブミは,「ゆりかご」を切り落としてしまいます。まさに文字通り「落とし文」になるわけです。



 エゴツルクビオトシブミのゆりかご。葉を部分的に切り残し,適度にしおれさせた葉を巧みに巻いています。

 なぜ,ゆりかごを落とすものと落とさないものがあるのか?
 その理由として,木の生体防御機構が関係していると言われています。

 植物は,単に虫に食われるままになっているのではなく,虫にかじられた葉の切り口から,傷が無いときには出なかった,非常時だけに分泌される物質が生産される例が少なくないと言います。その中には,葉を食う虫の成長を阻害する物質が出たり,葉を食う虫の天敵を呼ぶフェロモンのような物質を出す例もあります。たとえば,キャベツがモンシロチョウの幼虫にかじられると,その傷口から出る物質を頼りに,天敵であるアオムシコマユバチが飛んできます。コナラの場合,傷口からオトシブミの幼虫の成長を妨げる物質を出すので,オトシブミは,ゆりかごを完全に切り落として,幼虫を葉っぱの出す毒から守る,と考えられています。一方,エゴノキは葉を切り落とさなくてもエゴツルクビオトシブミの成長に影響が出ないので,より安全で有利な,葉を落とさない方法が使える,と言うわけです。

 ……とすると,ハイイロチョッキリの場合,枝を切り落として,コナラの出す毒から逃げたほうが生存に有利だった,と考えることが出来そうです。

 植物と虫の共生関係には,複雑で巧みな力関係や,長い長い年月をかけた相互のやり取りによって出来上がった,特別の関係が見られることが少なくありません。防虫剤に使われる「樟脳(しょうのう)」の成分を含むクスノキの葉を,アオスジアゲハの幼虫は,平気で食べています。他の虫が手を付けられなかった葉を利用することが出来ると言う「特殊技能」が,アオスジアゲハの生存に有利に働いていると考えられます。
 このような複雑な「力関係」が,チョッキリやオトシブミの世界でも,いろいろと見つかります。

 多様な生き物が複雑に絡み合って生きている生態系。特に,種類の非常に多い昆虫の世界では,さまざまに特殊化した生態によって,より多くの種類が生存できるように進化している,とも考えられます。


(2004年8月16日記)

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