「近未来予想図」


 多摩ニュータウン。
 1963年に計画され,当初の計画人口38万人(現在は見直され,計画30万人)と言う巨大な街づくりは,東京の住宅難解消のためのビッグプロジェクトとして,スタートを切りました。計画の策定から40年,多摩丘陵を切り拓いたニュータウンに初めての入居者を迎えてから30年を超えた2003年秋,夢の「近未来都市」であったニュータウンの「今」をたずねて,ニュータウン地区とその周辺を歩いてみました。かつて人々が夢見た「近未来」の環境は,今,どうなっているのでしょうか。


 スタートは永山駅。多摩ニュータウンで一番古い街であり,ニュータウン最初の鉄道駅が,小田急永山駅だったのです。

 永山駅から多摩センターと反対方向にだらだらと坂道を登ってゆくと,クリーンセンターに出ます。ここは尾根筋にあたり,永山からセンター地区までが見渡せます。



 1970年代の開発地区では,このような集合住宅……いわゆる「団地」スタイルの住宅地が目立ちます。さすがに建物もちょっと古さを感じさせますが,比較的緑が落ち着いています。なだらかな起伏は,丘の上を削り,谷を埋めたために出来た風景。大規模な宅地造成の跡を物語ります。
 さすがに30年も経つと,街も随分落ち着いた感じになりますね。建物が整然としているところや,商業区と居住区がしっかり分かれていたり,計画的に学校が配置されていたりするあたり,いかにも計画都市の雰囲気ですけど…。


 ……で,尾根の反対側は,と言うと……



 こんな雑木林が広がっているのです。
 尾根筋に県境があり,クリーンセンターの向こう側は,ニュータウン計画地から外れていたのです。こちらは自然のままの谷戸の地形が残り,丘陵地の斜面は雑木林となっています。

 ここから黒川へ抜ける,昔の道があります。もちろん車の通れる道ではありません。ここを歩いて,ちょっと自然散策しましょう。

 秋の里山の花たち。


 カントウヨメナ


 ヤクシソウ


 ワレモコウ


 コウヤボウキ


 木の実も色づいていました。


 ニシキギ


 ムラサキシキブ

 谷のほうへ下りてきました。
 ここは尾根の向こうの街とは別世界。里山の秋の風景が広がります。



 多摩丘陵には,数少なくなってしまいましたが,今もこんな風景の残る谷戸が点在します。ホタルの生息する谷戸もあるようです。休日には,自然を求めて谷戸や丘陵地を歩く人がたくさん訪れています。今となっては,こうした自然環境を維持してゆくことのほうが貴重で,贅沢なことになってしまったのかも知れません。

 昔だったら,丘陵地に咲く野の花をちょっと失敬して,庭に植えて遊んだりすることも出来たのですが,今ではそう言う野草の生える場所も少ないですし,利用者も非常に多くなっていますので,「ありふれた」里山の環境であっても,野草の持ち帰りは植生の破壊に直結します。しかも,最近は自然の恵みを根絶やしにしないように利用する知恵を持たない人が,根こそぎ持って行ってしまうので,地元の人も困っているようです。……元々は人と自然が上手く共生しながら,自然の恵みを手に入れていた里山ですが,今では,積極的に規制して環境を守らなければならないほど,人と自然のつながりが希薄になってきているのです。
 自然とのつき合い方を知らない「自然愛好家」の増加を,近過去の時代に予測できたでしょうか?




 さて,この里山から徒歩数分の場所には,こんな風景もあります。
 すっかり埋め立てられた谷戸。ここには2005年春に新駅(名称は「はるひ野」と公表されています)が作られる予定で,新しい街の建設中です。交通の便の良さから,ニュータウン周辺地区にも,こうした開発が進められているエリアが何ヶ所かあります。ここにも,かつてはゲンジボタルが乱舞する,きれいな水の湧き出る谷戸と水田がありました。


 都市計画で線引きされ,背中合わせで存在するニュータウンと里山。
 どちらも,かつて夢見た「近未来」の現在の姿なのだと思います。
 脇目も振らずに明るい未来を信じて突き進んでいた時代。オイルショック,公害問題,不況など,開発への不安と反省に満ちた時代。そして「環境」の時代。
 さまざまな時代の「近未来予想図」が,隣り合いながら凝縮しているように感じます。

 何が良かった,何が悪かった,などと論評するつもりはありません。その答えは,長い時間をかけて,だんだん分かってくるのではないかと思います。
 生物屋として何かコメントしてくれ,と言うのなら,
「我々も生き物である以上,他の生き物,自然環境とのかかわり合いを否定して生きてゆくことは,難しいんじゃないのかな?でも,その問題に対する回答は,時代と共に変わり,その時代ごとの回答の集積が,今こうして眺めている自然環境なのではないだろうか…」
……そんな印象を持っています。結論でも何でもありませんが……。

 この場所の近くにいた生き物。


 ツチイナゴ


 キチョウ

 かれらはこれから,この成虫の姿のままで越冬します。
 来年の春,かれらが越冬から目覚める頃には,ここには新しい街が開かれようとしています。
 目が覚めたら周囲の環境が変わっていた!なんてことになるのか,
 それとも,春になる前に開発工事で死に絶えてしまうのか……


(2003年10月31日記)

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