都会で生き残るスミレの秘密


 日本にはスミレの仲間が60種類ほど自生しているそうです。亜種や外来種を含まないでこの数字ですから,かなり種類が豊富にあると思います。しかし最近では,環境の破壊,分断により,数を減らしているスミレも少なくありません。また,野草マニアの盗掘も,野生のスミレにとっては,かなりの脅威となっています。
 そんな中,都会でもしたたかに生きるスミレがあります。
 その代表がタチツボスミレ。
 都会の公園の片隅にも,その,薄紫色の花を見つけることが出来ます。

 数を減らすスミレと,都会で生き残るスミレ。その違いを,タチツボスミレの生存戦略から見てみましょう。


タチツボスミレの群落。この花は都会にも里山にも似合います。

 タチツボスミレの花は,東京近辺なら4月上旬頃に咲いています。他のスミレ類と比べても,平均的なものです。
 スミレの花の特徴として,「距(きょ)」と言う特殊な構造があります。これは花の後ろに突き出たポケットで,この中に蜜腺があります。距の中に口先が届く虫でないと,蜜が手に入りません。


これはニオイタチツボスミレの花。横から見ると,距のようすが良く分かります。

 口の長い生き物,と言えばチョウ。しかし,チョウは雄しべや雌しべに触れることなく,蜜を手に入れることが出来るので,スミレにとってはありがたくないお客さんです。効率的に蜜を運んでくれるのは,口の長いアブやハチの仲間。しかし,全てのアブやハチが,蜜を手に入れられるわけではありません。日本海側に自生するナガハシスミレなどは,特に距が長い花を持ち,ほぼ,ビロードツリアブ限定で,花粉を運んでもらいます。実際,スミレ類にはビロードツリアブの発生時期に合わせて花をつけるものが少なくありません。特定の虫を選ぶような形の花を持つスミレ類は,花粉を運んでくれる虫がいなくなれば,あっという間に受粉の機会を失い,種が出来なくなります。

 しかし,タチツボスミレの場合,種を作る秘策があります。
 それは「閉鎖花」を作ること。
 閉鎖花とは,花を開かずに,自分で種子を作ってしまう花。イチジクの花が有名ですね。タチツボスミレは,4月に花を咲かせた後も,初夏までの間に,せっせと閉鎖化を作り,種を作っています。自分のクローンを作っているわけです。タチツボスミレに限らず,都会に生き残っているスミレは,都会にいる虫に受粉してもらったり,閉鎖花を作ったりしながら,したたかに子孫を残しています。


タチツボスミレの閉鎖花。4月の花が終わったあと,何回か,こんな形の花をつけます。


閉鎖花は花を開くことなく,そのまま種が作られ,果実が膨れてきます。

 さらに,作られた種にも,戦略があります。
 種子が熟すと果実は3つに割れ,鞘の閉じる力を利用して,種をはじき飛ばします。
 さらに,ばら撒かれた種には,エライオソームと言う,アリが好む小さな「おまけ」の餌つき。アリたちは喜んで種を運びます。こうして,あの手この手で,たくさんの種子を作り,それを広く散布しているのです。


これが,種をはじき飛ばす直前の果実の様子。


飛び出して地面に落ちた種を見ると,半透明の「エライオソーム」がついている。

 都会で生き残るスミレには,都会の自然環境に耐えられる生存戦略があります。しかし,その一方,特定の虫とのつながりを濃くする方向に進化していったスミレは,貧乏くじを引いたのでしょうか?……そうでもありません。特定の虫を選ぶということは,それだけ競争が少なくて済みます。お相手の虫と上手く共存共栄できれば,安定して生存できるわけです。……つまり,これも生存戦略の一つの選択肢だったわけです。
 タチツボスミレに有利な環境を作ったのは,まぎれもなく,人間の手による環境の改変なのです。


(2003年6月26日記)

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