「先手必勝!」

……春咲く花の受粉戦略……


 オオイヌノフグリ,ホトケノザ,タンポポ……春は,野草の花が一斉に咲き始めて,観察しているとウキウキしてきます。
 春いちばんに花を咲かせる草は,二年草か多年草。つまり,春になる前に,根や葉を伸ばし,花芽を用意して,冬が終わるのを待ち構えている植物たちです。そんな,「春いちばん」の花を観察していると,やたらと小さいのに花をつけているのを,しばしば見かけます。


 このホトケノザ,指の大きさと比べてみてください。地上高1cmちょっとで見事に花を咲かせています。


 こちらは全高2cmのタネツケバナ。ちゃんと,大きいものと同じ形をしているところが,面白いですね。


 ヒメオドリコソウも,こんな「姫サイズ」がありました。


 地上2cmに咲くオオイヌノフグリの花。他のオオイヌノフグリは,高さ10cmぐらいになっている時期に,こんなにかわいいのを見つけました。

 さて,どうしてこんなに小さいのに花が咲いてしまうんでしょう?
 その理由を考えてゆくと,春咲く花の巧みな生存競争が見えてきます。

 夏にホトケノザを見たことがありますか?ほとんど見つかることはないと思います。ホトケノザは夏は種子の状態で休眠しているのです。秋になり,丈の高い夏草が枯れ,地上に光が入り込むようになると,発芽して葉が出てきます。そして,冬を経験すると花芽が発達してきます。冬の寒さで成長が抑えられてしまう前に,ある程度茎や葉を伸ばし,春に備えているのですが,発芽が遅れたり生育条件が悪かったりして,運悪く,冬が来る前に十分に伸びることの出来なかった個体は,どうなるでしょう?……春になると,ちゃんと花芽を膨らませるのです。そして,十分に育ったものと同じ時期に花が咲きます。花期を揃えることで,受粉のチャンスが拡大します。

 冬を経験させると花芽が育つ植物は,春いちばんに咲く花に,多く見られます。ソメイヨシノの木を,冬の無い熱帯地方に持って行くと,上手く花をつけることが出来なくなります。「冬」がつぼみを育てていたのです。イチゴだって,今では12月に出荷量のピークがありますが,この時期に生産するために,温室で栽培する前に,予めしばらく寒い場所に置いて,寒冷感作をさせて,花芽を早く作っているのです。かつての「日光イチゴ」と言うブランドは,秋に一旦,苗を日光の寒冷な気候に当てて「冬」を経験させ,開花期を早めて作っていたものです(今では山に行かなくても低温処理が簡単に出来ますから,わざわざ苗を輸送する必要は無いのですが…)。

 さて,せっかく春,いち早く花を咲かせても,花粉を運んでもらえなければ,意味がありません。
 ここにもちょっとした仕掛けがありました。


 早春のオオイヌノフグリ。
 春浅く,まだ寒い時期には,植物もあまり背が高くなりません。地上ギリギリで花をつけます。実はこの,地上すれすれの「日だまり」の空間を利用していたのです。天気予報などに出てくる気温のデータは,地上1.5mぐらいで測っていますが,2月頃,気温が10度を超えない時期でも,地上数cmの日だまりの空間では,局所的に気温が10〜15℃,条件が良ければもっと暖かくなります。この気温の空間では,ハナアブやハエが活動できます。ときどき,越冬中のチョウも舞います。地上数cmの,ほんのわずかな,生き物の活動できる空間を,巧みに利用して花を咲かせていたのです。不幸にして虫に受粉してもらえなくても,オオイヌノフグリのおしべは,花がしぼむ途中で内側に曲がり,自分で受粉してしまうことも可能です。


 おなじみのタンポポも,春,早い時期には,地上すれすれで花を咲かせています。

 春いちばんに咲く草花は「先手必勝」タイプの生存戦略を持っていると言えます。
 種類によっては,日照時間が延びると花芽が発達するタイプの植物もあります。これも,冬に間違って花を咲かせないで,春に花を咲かせる上では,上手い戦略です。「寒冷感作→気温上昇」だけで春を認識する花だけではないのです。

 早春から陽春へと,気温の条件も良くなってくると,花の咲く位置もどんどん上のほうになってゆきます。同じタンポポでも,3月頃は地面に張り付くように花を咲かせていたものが,4月になれば長い花茎を伸ばすようになります。
 また,春,2番手,3番手で花をつける草たちは,より高い所に花をつけるべく,茎を伸ばします。
 5月に花期を迎えるハルジオンは,高さ50〜80cmほどに育ち,それよりやや遅れて花盛りになるヒメジョオン,ノゲシなどは,さらに高く伸びます。「後発組」は,必死に追い上げて高さを稼ぐわけです。さらに,夏に花を咲かせる草では,背丈をうんと伸ばすもの,蔓で他の草木につかまって這い上がるものなど,太陽と虫を巡る争いは,どんどんエスカレートしてゆきます。

 近所に空き地などがあったら,定点観測して,花の種類,花の高さ,気温等を日付順に記録してグラフを作ってみると,分かりやすいと思います。


(2003年5月12日記)

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